単行本

前略 昔のわし様

 大学を卒業してから、大阪で一人暮らしを四年間しました。そのうち二年半住んだのが、四天王寺というお寺のそばでした。立派なお寺で、とても閑静でしたが、坂を下るとすぐ日本橋という電気屋街、少し南へ進んでから坂を下ると、動物園や新世界。ほんの少しの移動で、ごちゃごちゃと賑やかな、「大阪らしい」場所に行けました。
 私はその頃人生で一番お金がない時期でした。昼夜バイトに励み、重い体をひきずるようにして自転車で坂を上がるのが日課でした。そして、何か分からない、漠然とした「疲れ」に、頭も体もとりつかれていました。
 暇が出来ると、私は通天閣に上りました。財布に入場料の六百円しか入っていないことも、多々ありました。そんなときでも、私は食べ物を買うより、通天閣の上から自分の住んでいるアパートを探したり、下を歩いている小さな人たちを見たりすることを選びました。そこに何を求めていたのか、今では分かりません。でも、何もせずに過ごす通天閣での一時間ほどは、当時の私にとって、確実に必要でした。そこにいると、泥みたいな疲れや、頭の中を覆っている黒雲のようなものが、少しでも軽くなるような気がしたのです。
 そして通天閣を下り、四天王寺に続く急な坂を、立ち漕ぎして帰りました。「よっしゃ、よっしゃ」そんな風に小さな掛け声などかけて、そして疲れたら、自転車を押して、後ろを振り向いたものです。
 通天閣は、夕日を浴びて随分と眩しく、そしていつまでも、そこに立っていました。
 上京して、『あおい』という本を出させていただきました。夢のようでした。そして次に出した『さくら』という本は随分と売れ、私の元には今までの生活からは信じられないほどのお金が入りました。
 あるとき、大阪に帰り、通天閣に上りました。
 最後に通天閣に上ってから、二年しか経っていませんでした。一緒に行った友人は、通天閣に上るのが初めてだということで随分と興奮していましたが、私にとっては、何一つ変わらない風景でした。でも、ガラスに近づいたとき、急に、胸にこみあげてくるものがありました。私は、あの坂を見たのです。そして、そこを立ち漕ぎしながら「よっしゃ、よっしゃ」そんな風につぶやいている私を、見たような気がしたのです。
 たった二年しか経っていない。でも、あの頃の私と、そのときの私の置かれている状況は、まったく違っていました。「作家」と呼ばれ(!)自分の書いたものが活字になるという喜びと重さを日々かみ締めている。そんな生活は、二年前の私では、考えられないことでした。二年前の、ひいては三年前、四年前の私に、言ってやりたいと思いました。「あとちょっとだけ、頑張りや。あんたには想像もつかん、夢のような生活が、待ってるからな」急に泣き出した私を見て、友人は驚いていましたが、黙って付き合ってくれました。
 この話を筑摩書房の松田さんにしたとき、「その物語を、書いてみてはどうですか」と言われました。私は「そうか!」なんつって、弾かれるように書き始め、そしてそれは、あっという間に完成しました。『通天閣』といいます。そのままやな。決して「大阪ってこんなとこやねんで」だとか「ええ街やろ?」というような、愛郷心から書いたものではありません。これはもっと私的な、個人的な思いから書いた「ある人生の物語」です。なんて、こんな言い訳めいたことをごちゃごちゃ書いている間にも、通天閣は、立っています。
 ただただそこに、立っています。私は何故か、それを思って、安心しています。

※この書評は単行本刊行時のものです。

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