昨日、なに読んだ?

File23. pha・選:シェアハウスの狂騒が懐かしくなったとき読む本
唐辺葉介『電気サーカス』

紙の単行本、文庫本、デジタルのスマホ、タブレット、電子ブックリーダー…かたちは変われど、ひとはいつだって本を読む。気になるあのひとはどんな本を読んでいる? 各界で活躍されている方たちが読みたてホヤホヤをそっと教えてくれるリレー書評。 【pha(ギークハウスプロジェクト発起人)】→宇波拓(音楽家)→???

 僕が昔住んでいたシェアハウスは、結構荒れていた。
 シェアハウスを始めたきっかけは僕が仕事を辞めて東京に出てきたことだった。職もなくやりたいことも特になく、ただ暇だけを持て余していた僕は、ネットで知り合った人とひたすら会いまくるという生活をしていて、そのうちに、ネットの知り合いを集めて一緒に住むようになったのだった。
 東京に出てきて感動したのは、とにかく変な人間が大量にいることだ。真っ当な社会に適応できない、どこか歪んでいてとびきり面白い人間たち。そんな奴らをたくさん集めたらこの世界の常識をひっくり返すようなとても面白いことが起きるに違いない。そう思って、僕はシェアハウスに人を集め続けた。
 その結果、面白いことはたくさん起きたのだけど、それと同時にひどいことや大変なこともたくさん起きて、そのカオスな状況は2年くらいで幕を閉じてしまった。
 その頃のできごとをどこかに書き残したいという気持ちがありつつも、結局書いていない。まだ自分の中で整理がついていないし、そのままでは書きにくいことも多いのでフィクションという形式にしてどこまで本当かわからないようにしたほうがいいかな、などと考えていたのだけど、唐辺葉介『電気サーカス』(アスキー・メディアワークス)を読んで、やっぱり自分は書かなくていいか、と思った。僕の書きたいことはほとんどそこに、自分が書くよりもずっと見事な形で書かれていたからだ。
 
『電気サーカス』はおそらく著者の実体験をもとにした小説で、2000年前後のインターネット黎明期に、テキストサイト界隈の人間が集まってシェアハウスをしていたという話だ。
 同じようにネット系の人間を集めて住んでいたと言っても、『電気サーカス』の舞台である2000年前後と、僕のシェアハウスの話の2010年前後とでは、約10年の時差がある。
『電気サーカス』の時代にはブログもないしツイッターもない。シェアハウスという言葉もまだない。だけど、やっていることは僕らの時代と大体同じだ、と思った。いつの時代も、真っ当な枠に嵌まれなくて才気と衝動と劣等感を持て余した若者たちが集まってやることは大して変わらないのだ。
 ハンドルネームで呼び合うので本名は知らないけどネットを通じて日常の些細なことまで共有している仲間たち。クラブイベントのオフ会で怪しい人間たちと知り合う。セックス、ドラッグ、リストカット。内輪揉めに痴話喧嘩、病院送りに警察沙汰。大変そうな状況の女性がいたので助けたいと思って親切にしたらそいつが嘘ばかりつくとんでもない女であたり全部を無茶苦茶にされる。境界性人格障害の行動パターンは本当にいつも同じだ。
 馬鹿騒ぎから祭りのあとの切なさまで、僕が書きたいと思っていたことがこの本には余すところなく書かれていた。
 
 僕は今もシェアハウスを続けているけれど、やばそうな奴を無制限に受け入れるのはやめた。問題を起こす奴には出て行ってもらったりもする。そのおかげで昔に比べるととても平和な暮らしをしている。
 当時騒いでいた奴らはみんなどこかに行ってしまった。普通に会社員になったり、実家に帰ったり、行方の知れない奴も多い。 
 その頃住んでいた家を久しぶりに見に行ってみたら、全く知らない人が住んでいて、普通の家になっていた。
 あの頃は夜も昼もなく、リビングに行くと常に誰かが起きていて、知らない奴が突然家に来ることもしばしばで、くだらないことで毎日ギャーギャー騒いで盛り上がっていた。
 今は穏やかに暮らしているけれど、ときどきあの狂騒が懐かしくなることもある。そんな気分になるたびに僕はまた、『電気サーカス』のページをめくるだろう。 

関連書籍

唐辺葉介

電気サーカス

アスキー・メディアワークス

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