鬼海弘雄

路地に流れる時間を見ている

鬼海弘雄インタビュー(前編)

2020年10月19日、写真家・鬼海弘雄がこの世を去った。無数のイメージが現れては消える現代社会にあって、地に足のついた確固たる写真の表現を追求し続けた稀有な存在だった。本特集では、さまざまな角度から、鬼海弘雄の作品と人となりとをたどっていく。

■「頭を下げて撮らせてもらってる感じがあるんです」

鬼海 28から73歳までやってきて、浅草で撮ったのが1100人。すでに発表したのが780人くらいで、まだ撮るつもりでいたので未発表のもあるんです。
平田 未発表のものもあるんですね。昔撮られたものもあるんですか?
鬼海 いや昔撮ったものはもう全部発表しましたね。だってこの人って思って撮ってるから、ついでに撮ったものなんてないし、たぶんまぐれってないんですよね。
平田 まぐれはない。
鬼海 だって金にもならないのに朝の10時から出掛けて11時に浅草に着いて、3、4時間いて。毎日通うわけですから、サラリーマンと同じように。だから圧倒的に外れる日、撮らない日もあるわけです。
三浦 平日も週末も関係ないんですか?
鬼海 平日でも昼だったり、早朝とか夕方近い時間に行ってみたりしますね。変化つけるために。雨の日は行かない。やっぱり浅草がいいのは、ぶらっと来た、この人いったい何しに来たんだろうって、そういう人がいいわけですよ。今日は浅草にお願いに来た、みたいな真っ直ぐ来て帰るみたいな人はだめなんです。浅草は金つかわなくていいからなあっていう人を捕まえるからいいんです。
三浦 歩いてる感じでわかるんですか?
鬼海 やっぱり屹立してますよ。前から来たら、あ、あの人だって具合にね。横向いたら凄い被写体がいたってわかっても、こっちも準備がないから声かけられないですよ。
平田 しばらく前からじっと見てるんですね。
鬼海 そう。それでたとえばそれが二人連れだったら、どっちから声かけるか。最初から本命のほうに声かけると、連れのほうが行きましょう行きましょうって邪魔するんですよ。だから本命じゃない人をまず口説いてね。そういう細かい手も長年のあいだに覚えた。
平田 男女も女性同士も同じですか。
鬼海 男女は問題ないですよ、女性二人がむずかしいんです。
三浦 その本命じゃないほうの人も撮る?
鬼海 そう、2、3枚ね。
平田 本命は何枚くらい撮るんですか。
鬼海 12枚撮りのフィルム一本ですね。そんなに要らないんですけど、一応現像する都合で。撮ったその日の天気のまま現像もしたいですから。
平田 本命じゃないほうの女性は絶対気付いてますよ(笑)
鬼海 いやあ、たぶん二人とも変なおじさんだなと思ってますよ、カメラマンとかじゃなくて、あやしいなりをしたおじさんだなって。なめられてると思いますけど、でもそれがかえって私にとってはプラスになるんです。有名なカメラマンだったらあの顔にはならないですから。これがそのカメラです。
平田・三浦 これが!
鬼海 福田先生がお金出して買ってこいって言ってくれたハッセルブラッドです。これ一台で撮ってきたんです。

 

三浦 重そうですね。これどっから覗くんですか?
鬼海 上からです。
三浦 これだと映されるほうは安心しますよね。
鬼海 そう、構えたときに頭を下げて撮らせてもらってる感じがあるんですよ。上から撮るとシューティングみたいでしょう。これだと、お願いしてる感じが出る。
三浦 カメラマンの目のところにカメラを構えられると、どこを見たらいいかわからないんですよね。撮られ慣れないと余計に。
鬼海 攻撃する感じになりますからね。でもこのカメラはピントを合わせるのもむずかしいし、左右も逆になるし、慣れるまでセンターに合わせるのが大変。
平田・三浦 ほんとだ! 左右逆になってる!

平田 浅草で、鬼海さんが「写真撮らせてください」って頼まれることはないんですか?
鬼海 めったにないですね。でも『PERSONA』の鬼海さんですねって声を掛けられることはたまにありました。それで記念に一緒に写真とったりとか。
三浦 鬼海さん自身が浅草の名物になってる(笑)
鬼海 長いこと行ってたからね。
三浦 何年にもわたって撮ってらっしゃる方もいましたものね。
鬼海 衣装持ちのお姐さん、とかね。21年間のお付き合いだったかな。そのときはチェリーさんとかいう名前は知らなかったから、ただ、お姐さんて。たぶん、ストリッパーか何かやってたんですよ。それで年取ってからは老人向けの街娼だったんだと思う。
平田 鬼海さんが知り合ったころからずっと路上にいらした。
鬼海 朝から浅草寺の一角に必ずいるわけですから。で、たまに知り合いの老人と出掛けていく。ああ、今日は商売なんだなって。でも、私になにかくれとか絶対言わなかったですね。お姐さん、何か食べたって訊くと食べてないって言うから1000円渡そうとしても毅然として断る。でも食べないとだめだからって無理に渡すと、ありがとうございますってきちんとお礼を言ってね。
平田 よくコーヒーを買ってあげられてたとか。
鬼海 マクドナルドのコーヒーをね。
三浦 大病もしなかったわけですよね、ずっと街に出てらして。
鬼海 そう。最後に会ったのが11月30日だったかな。ロック座の外のところに自分の靴を枕にして寝てたから、おねえさん、大丈夫って。冬だったから缶コーヒーのあったかいのをこれ抱いてなさいよって渡したんだけど、たぶん、それからすぐに運ばれて亡くなったんだと思う。都築響一さんは、一度おねえさんと宿に一緒に行って話を聞いてみたらどうかって何度も言ってくれたんだけど、それをすると関係性が変わってしまうからね。しなかったんです。

たくさんの衣装を持ったお姐さん 1991.11.23 ©鬼海弘雄

■「写真はやっぱり品がないとね」

鬼海 これが浅草のプリントですけど、きれいでしょう。
平田 この頃はまだ、後ろの壁がひびだらけですね。広い壁ですけど撮る場所を決めてるんですか。
鬼海 何カ所か決めてます。ここから来たらこっちの光がちょうどいいとか。だから行くと、まずハンカチでちゃんと壁を拭く。
三浦 そこの壁だけがきれいになってる。鬼海さんのスタジオですからね(笑)
平田 本堂にお参りはしないんですよね。
鬼海 一度も。お賽銭もあげたことがない。あの階段昇ったことがないなあ。
三浦 自分のスタジオでお参りする人はいないですもんね。
平田 浅草って二種類の人がいると思うんです。着飾って遊びに来る人と、そこにしか居場所がなくて、そこから動けない人と。
鬼海 昔はね、山谷とかで仕事にあぶれたりして何もすることがない人ってのがいたんですよ。いまは観光地になってますから。
平田 初期の浅草の写真は労務者の人がいっぱいいますね。
鬼海 彼らには一番いい時間つぶしでしょ、金をつかわなくていいし、回廊のまわりに座るとこもあるし、同じような境遇の人もいるし。いまはそういう人は少ないですよね。
三浦 「PERSONA」シリーズ見てると、動物を肩に乗っけてる人がこんなにいるんだって思いますよね。しかもいろんな動物が相棒として登場する。
平田 カラスまで乗ってますね。「インディア」にもいましたよね。
鬼海 寂しい人は乗せますよね。
三浦 しかもちゃんと動物もカメラ目線なんですよ。
鬼海 飼い主と似てますよね、みんな。

 
 

平田 大工の棟梁の写真がありましたよね。
鬼海 あります。日本人でポートレイトって成り立つのかなあ、ギリシャ彫刻みたいな普遍性を持てるのかなあって思ってた時に、一番最初に撮ったのがこの大工さんなんですよ。浅草寺の壁の前で。これを撮って、ああ行けるな、と思ったわけです。
平田 こういうラフな格好で座っている人いましたね。
鬼海 いや、座ってても品があるじゃないですか。写真はやっぱり品がないとね。品を壊したら写真じゃなくなる。いい顔してますよ。手に職をもった人ですからね。時間給で生きているのではないというね。こういう職人さんがいなくなってつまらないですよね。

大工の棟梁 1985 『王たちの肖像』より ©鬼海弘雄

平田 帽子をかぶった男の人も多いですね。昔の男の人はちゃんとした格好で出掛けてました。
鬼海 彼らなりのお洒落なんですよね。その人がもっている人格を含めて写真にならないと撮らないです。その人自身が思っているよりも2倍とか3倍人間らしい瞬間を撮りたいと思ってます。
平田 PERSONAには時々、うわっというくらい格好いい男の人がいます。役者さんにしたいような。「物静かな男」も二度撮られてますけど、哲学的な顔をしておられますよね。
鬼海 労務者ですけど、いい顔してますよね。目が澄んでて。
平田 いまどうしてるんだろうって気になりませんか。
鬼海 気になるよね、それは。最近行ってないからわからないけれども。
平田 1100人全員気にしてるわけにもいかないですよね。
鬼海 うーん、でもわかるんだよね。浅草にいると、あ、あの人撮ったことあるって。いつどこでというのもわかる。前のときは山門のところで声かけてここまで引っ張ってきたなとか。まあ、滅多なことでは撮れませんからね。
 そもそも写真撮りましょうかって言ってもだいたい断られるんですよ。請求書といっしょに写真が送られてくると思ってるんだよね。観光地にいるじゃないですか、そういうのが。
 だから写真家になれるかどうかは、やっぱり圧倒的に人を口説く力だよね。いまは10人声かけたら逃がすのはひとりくらいです。そうやってこちらから声をかけるくらいの人はそれぞれに、アイ・アム・キングではないけれど、何かしらアイ・アムってのをもってるから、茶化して撮らないっていう雰囲気が伝われば撮らしてくれますよ。

後編につづく

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2021年1月8日更新

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鬼海 弘雄(きかい ひろお)

鬼海 弘雄

1945年、山形県寒河江市生まれ。代表作として、市井の人の醸し出す存在感と向き合うポートレイト『PERSONA』、人々の営みの匂いを写し出す、町の肖像『東京迷路』、インドやアナトリア(トルコ)「スナップ紀行」のシリーズがある。写真を通じて人間の存在の根源的なあり方を捉えようとしている。
1988年『王たちの肖像 浅草寺境内』で日本写真協会新人賞、伊奈信男賞、1993年『INDIA』で「写真の会」賞、2004年『PERSONA』で土門拳賞、日本写真協会年度賞など受賞。2020年10月19日没。

平田 俊子(ひらた としこ)

平田 俊子

1955年、島根県生まれ。詩人。立命館大学文学部日本文学専攻卒業。83年「鼻茸について」その他の詩篇で現代詩新人賞受賞。84年の第一詩集『ラッキョウの恩返し』で注目される。98年『ターミナル』で晩翠賞受賞。2000年、戯曲「甘い傷」で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞受賞。04年、詩集『詩七日』で萩原朔太郎賞受賞。05年、小説『二人乗り』で野間文芸新人賞受賞。16年、詩集『戯れ言の自由』で紫式部文学賞受賞

三浦 しをん(みうら しをん)

三浦 しをん

1976年東京生まれ。2000年、『格闘する者に◯』でデビュー。06年、『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞受賞。12年、『舟を編む』で本屋大賞受賞。15年、『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞受賞、18年、『ののはな通信』で島清恋愛文学賞受賞。
小説に、『月魚』『秘密の花園』『風が強く吹いている』『星間商事株式会社社史編纂室』『神去なあなあ日常』、エッセイに、『あやつられ文楽鑑賞』『お友だちからお願いします』など、著書多数。近著に『愛なき世界』『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと』(原武史氏と共著)がある。

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