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第6回 
「まとめサイト」が過激化する理由、時には名誉毀損、差別、犯罪

社会問題化するヘイトスピーチ

 世界では、ネットを舞台にフェイクニュースやヘイトスピーチが蔓延していることから、国家レベルでその対策が講じられていると、お話ししてきました。日本では特にヘイトスピーチが社会問題となっています。

 ヘイトスピーチとは、ヘイト(憎悪)による表現です。自分とは異なる人種、民族、出身国、文化、宗教、性的志向などの人々に対し、差別意識や敵意をあからさまにする行為ですが、暴行などの犯罪行為、つまりヘイトクライムに発展する場合もあります。

 例えば、2016年7月に起きた神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」の事件も、ヘイトクライムです。この施設で働いていた元職員の男が、就寝中の入所者を次々襲い、死者19人、重軽傷者26人という戦後最悪の大量殺人事件を引き起こしました。

 男は事件後、「障害者は不幸を作ることしかできません」という手紙を衆議院議長に渡そうとしていたことがわかりました。障害者に対する激しい差別意識から殺人に走ったと言われています。あまりに身勝手な動機に衝撃を受けました。

 私にも障害者の伯父がいました。彼は幼い頃にかかった病気が原因で半身不随になり、知的障害を持ち、目も見えませんでした。ほとんど外出できず、ずっとベッドの上で何十年も過ごして亡くなりました。彼の介護は家族にとって負担でなかったとは言えませんが、彼は家族の一員であり、楽しい思い出もあります。不幸を作ることしかできない存在とは到底、思えません。

 それに、彼が病気になったのは偶然であり、私やそれ以外の人たちだって、いつ同じように障害を持つようになるかわかりません。それなのに、障害ゆえに激しい憎悪をぶつけられ、一方的に命まで奪われる。本当に「不幸を作ることしかでき」なかったのは一体、何者なのでしょうか。ヘイトクライムは、どんな理由があっても許されるものではありません。

 なぜ、ヘイトクライムは起こるのでしょうか。私はヘイトスピーチが日常化することと無関係ではないと考えています。そして、残念ながら現在のネットは、ヘイトスピーチの温床になっています。ネットはそれ自体が善悪の存在ではなく、人々が集まり、つながることのできる仮想の広場のようなものです。楽しいお祭りの会場にも、あるいは、犯罪の現場にもなりえるということです。憎悪の感情を持った人たちが集まれば、そこは社会の中でヘイトの溜まり場になってしまいます。

 最近、こんな裁判がありました。ネットの投稿などをピックアップして「記事」として編集する「まとめサイト」のひとつ、「保守速報」に対し、名誉毀損の損害賠償金200万円を支払うよう、判決が出たのです。何があったのでしょうか?

 裁判に訴えたのは、在日朝鮮人のフリーライター、李信恵さんです。「保守速報」は2013年から約1年間、李さんに対する投稿を転載、編集した記事をたくさん掲載していました。その中で、李さんに対して「朝鮮の工作員」「頭おかしい」「日本から叩き出せ」などの差別や侮蔑の表現が使われていたのです。

 大阪地裁は昨年11月、「保守速報」の記事で名誉を傷つけられたという李さんの訴えを認める判決を出しました。判決では、実に43本の記事中で「名誉毀損」「侮辱」「人種差別」「女性差別」があったと指摘、「複合差別に根ざした表現が繰り返された点も考慮すべきである」としました。
 
 「保守速報」側は、記事はネット上の情報を集約しただけとして、たとえ名誉毀損や人種差別などの表現があったとしても、引用元である巨大掲示板「2ちゃんねる」(現・5ちゃんねる)やTwitterの投稿に責任があると主張していましたが、判決では一蹴されました。つまり、「まとめサイト」はただ他のサイトの投稿をまとめただけだから、悪くないという主張は通用しませんでした。大阪地裁の判決では、「保守速報」の記事が新たに「意味合い」を持ち、憲法13条に由来する人格権を侵害したと結論づけたのです。

 こうした「まとめサイト」は、ブログというスタイルのサービスが登場して以後、2000年代後半から多くみられるようになりました。現在でも、よく見かけます。「まとめサイト」の流行の背景には、何があるのでしょうか。

 狙いは、広告収入です。サイトには、バナー広告などが貼り付けてあり、クリックされれば収入になります。広告を通じて商品が買われれば、さらに代金の一部が収入になるアフィリエイトというものもあります。ですから、一般的にサイトを訪問した人の数が多ければ多いほど、収入も増えるというわけです。

 広告収入アップに走り、犯罪に問われた「まとめサイト」もありました。俳優の西田敏行さんを誹謗中傷する虚偽の記事をブログなどでまとめて拡散したとして、警視庁赤坂署は昨年7月、偽計業務妨害容疑で男女3人を書類送検しました。3人は、西田さんが違法に薬物を使い、日常的に暴力をふるっているというデマを流していました。報道によると、3人のうち1人は、このサイトの広告収入で生計を立てていたといい、センセーショナルな記事をまとめることで、閲覧数を増やすことが目的だったそうです。

閲覧数を求めて過激に

 「まとめサイト」の全てが悪質というわけではなりません。ただ、一部には、閲覧数をあげるために、デマ情報をアップしたり、過激な差別表現を用いて人々の関心を引こうとする運営者がいたりするのも確かです。日本の場合、「まとめサイト」はフェイクニュースやヘイトスピーチと相性が良い傾向にあります。

 では、どうしたら悪質な「まとめサイト」を止めることができるのでしょう。それには、複合的な取り組みが必要です。ヘイトスピーチに関していえば、国連が以前より、日本の状況に懸念を示し、日本政府に対して対処が勧告されていました。国内では、2016年にヘイトスピーチ対策法が施行され、2月には法務省が「◯◯人は日本から出ていけ」「◯◯人は海に投げ込め」「◯◯人は殺せ」といった言動は、ヘイトスピーチにあたるとガイドラインを出しています。神奈川県川崎市でも、公園や公共施設でのヘイトスピーチを事前に規制するガイドラインを昨年11月に策定しました。

 こうした、政府や自治体の取り組みが大事な一方、ジャーナリストや専門家が指摘するのは、広告収入を断つという手法です。ヘイトスピーチを繰り返すようなサイトには広告を出さない、という広告業界の自浄作用が必要でしょう。また、私たちもつい興味本位で、大げさな見出しの記事をクリックしていないでしょうか。国レベルから個人レベルまで、あらゆるレベルで、フェイクニュースやヘイトスピーチの対策を講じていくことが重要です。

 

この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。
 

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