この情報はどこから?

第7回 
激減する新聞の発行部数、その背景は?

 

 かつて、私が育った家には毎朝、新聞が届いていました。ポストまで新聞を取りに行くのが子どもである私の役目で、食卓で祖母や母が新聞を広げていたのをよく覚えています(我が家は2代にわたる母子家庭でした)。その上で、喫茶店とレストランを経営していた祖母の仕事柄、お付き合いで共産党の機関紙「しんぶん赤旗」と創価学会の機関紙「聖教新聞」もごくたまに購読することもありました。まるで、新聞のごった煮です。

 他の新聞は入れ替わり立ち替わりしたものの、朝日新聞と産経新聞が基本。たまに他の全国紙に入れ替わることはありましたが、「色々な角度からニュースを読む」という理由で、必ず2紙は取っていました。日本の全国紙は大きく分けて保守とリベラル、どちらかに軸足を置く傾向があります。

 もしかしたら、どれも新聞は同じに見えるかもしれません。実際、「誰々が逮捕された」「どこそこで大雪が降った」というような、速報に近い「ストレートニュース」はどの新聞も大差はありません。こうしたニュースは主に(例外はあります)社会部の記者が記事を書き、「社会面」と呼ばれる紙面に載ります。「なんとか選手が日本新記録を出した」というようなスポーツ関係の記事だったら、運動部記者の記事が「運動面」と呼ばれる紙面に載ります。私たちが「ニュース」という時、これらのストレートニュースがよりイメージに近いのではないでしょうか。

 差が顕著に出てくるのは、主に一面のコラムや社説、社論の記事、それから「政治面」や「国際面」と呼ばれる紙面です。試しに同じ日に、複数の新聞を買ってみると、例えば政治や外交問題など、見出しや記事の立場が大きく異なっている場合があります。

 たとえば、今年1月5日付けの朝日新聞の「社説」は、「南北朝鮮対話 日米と共に事態打開を」というタイトルで、「日米は、韓国への後押しを惜しんではならない。たとえ表向きであれ、北朝鮮が軟化姿勢に転じた動きを逃さず、やがては日米との対話にも広げさせる結束と工夫が求められている」と説いています。一方、産経新聞の「主張」は、「安全保障 『積極防衛』へ転換を急げ 北朝鮮の核危機は重大局面に」というタイトルで、「独裁者による核の脅しにおびえながら暮らす状況は、容認できるものではない。事態を打開し、それを回避することこそ、政治に課せられた最大の責務である」と断言しています。

 記事を書く新聞記者個人の思想は多様なのですが(現に私は保守的と言われる産経新聞の記者をしていましたが、本当に保守的な考えを持っていたかと問われたら、決してそうではないと答えます)、「新聞」という総体としてのメディアになると、その志向は定められてきます。

 また、新聞も朝日や読売、毎日、産経といった全国紙以外にも、ある程度広範囲な地方をカバーする「ブロック紙」や、ある地方の自治体を中心に販売される「地方紙」など、日本には多くの種類の新聞があります。スポーツ専門の「スポーツ紙」、主に通勤中の男性サラリーマンをターゲットにした「夕刊紙」、業界のことを主に報道する「専門紙」や小学生向けの「小学生新聞」もあります。私が勤めていた産経新聞社では、「産経新聞」以外にも夕刊紙「夕刊フジ」やスポーツ紙「サンケイスポーツ」を発行していました。一口に新聞といってもこれだけ多種多様な新聞があり、紙面づくりもそれぞれ違います。


 古くは江戸時代に萌芽がみられ、明治から昭和の時代にかけて百花繚乱となった新聞は、間違いなく人々にニュースを伝える中心的な役割を長らく担ってきました。ところが、異変が起こります。

 新聞協会の調査によると2017年の全国紙とスポーツ紙の発行部数42,128,189部で、2000年の53,708,831部から激減しています。

    かつては一世帯につき必ず1部以上は購読されていた新聞が、今は一世帯あたり0.75部にまで減らしています。一体、なぜなのでしょう。よく指摘されるのが、インターネット環境やスマートフォンの普及です。毎月、数千円の購読料を払い、いちいち毎朝ポストに新聞を取りに行き、家族で順番に読まずとも、手の中にあるスマホにはおびただしい数のニュースが24時間、無料で流れているのです。

 ニュースの流通構造は今、激変しています。次回からは新しい流れについてお話ししていきたいです。

 

この連載をまとめた『その情報はどこから?――ネット時代の情報選別力』 (ちくまプリマー新書)が2019年2月7日に刊行されます。

 


 

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