単行本

肌合いのいい小説群

PR誌『ちくま』2018年2月号より、Webちくまの連載をまとめた単行本、石田千著『ヲトメノイノリ』について、作家の大竹聡さんによる書評を公開します。

 人の気質は、持ち主の身のこなしや話しぶりだけでなく、文章にもよく表れる。その人の性格や感情の傾向、あるいは気立てと言われるような、他の言葉に変換しにくい肌合いみたいなものが、文章の端々に出る。だから、書き手の、実際の手つきや表情を知らなくても、文章から、その人がわかったり、わからなかったりする。
 小説のおもしろさも、実はそのあたりにあるのかなと、筆者は遅ればせながら思うようになった。何事かを真摯に伝えようとしていて、しかも、美しく、整った文章を読んでいるはずなのに、さっぱりおもしろくない。そういうことがあると最近は諦めが早い。読者としての筆者のレベルの低さを棚に上げて、肌が合わないねえ、という一言で済ませるようになった。
 それとは反対に、石田千さんの文章は、出合った最初から、ああ、この人のは読めるぞ、と思った。スイッチを切り替えるように視点を変更したり、ときに思い切った省略があって、ハッとさせられることがあるけれど、それが、読むときの味わいになっていて、いつしか、次々と読んできた。
 この作品集もまったく同じで、幼女のモノローグから始まって、吸い込まれるように、一気に読みきった。
 千住、浅草、高尾山などなど、東京育ちの石田さんにとって馴染みの深い場所が舞台に選ばれている。旧郡部とはいえ、同じく東京育ちの筆者にも馴染んだ風景が出てくる。石田さんとは、ごくたまにだけれど酒を飲む仲間でもあるから、ふと気を許すと、小説の風景の中に、作者である石田さんがいるような気がしてくる。小説の読み方としていかがなものかと思うけれど、そういう風景の中に遊ぶのも、楽しいものだ。
 高尾山の登山道、浅草観音様界隈、それから千住大橋、飛騨高山の川べりの朝市など、作品の主人公や語り手が見たり、描いたりする場所、風景、交わされる言葉の数々はおそらく、実際に作者が経験したことを元にしているだろう。
 何を材料にし、どんなテーマを描いたか、というより、日頃の散歩や旅などを通じて触れた世界を、視界の広い、よく見える目で捉え、そこに人を配してみたらどんな短編が成り立つか。そんな試みが十の作品に結実したのが本書ではないかと思う。
 初老の夫婦が日曜の昼にテレビを見ながら素麺(そうめん)をすする。あるいは、北陸の実家から帰京を急ぐ娘がタクシーで飛行場へ向かう。たったそれだけの小説があるという一種の痛快さを、この作品集はもたらしてくれる。
 表題作「ヲトメノイノリ」は新境地と呼ぶべきでしょうか。語りの落語調に筋立ての奇想天外さ。それに加えて浪花節(なにわぶし)の味付けを忘れない。いやいや、楽しかった。
 それにつけても、老人が生き生きしていることといったらない。私もチャンスがあれば老人を書きたい。だから叱らないでほしいが、石田千さんにおばあさんを描かせたら、それはもう、天下一品、てなもんで、と一席打ちたくなるような感想を持った。
 そして、最後の作品「去年今年」。忘年会をその晩に控えた、ある会社の女性社員五人が、それぞれの無言の語りで小さな物語を聞かせてくれる。営業、総務、経理、開発、それから秘書と、仕事はそれぞれの五人。だれか一人を掘るのではなく、それぞれの目で、ある半日を眺めるその展開が小気味いい。
 ポーチひとつ、噂話ひとつが、彼女たちの関係をよく示す。女性同士というのは、これほど細かく自分や相手のことに気持ちを砕いているものなのか。日々、大酒を喰らうばかりの筆者にまったく想像のつかない世界がそこにある。勉強せねばなるまいという軽い決心を筆者に促すこの小品は、年末小説の傑作だと思う。それほどに肌の合う作品だった。
 

PR誌「ちくま」2月号

2018年2月5日更新

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大竹 聡(おおたけ さとし)

大竹 聡

1963年東京生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。2002年10月、雑誌『酒とつまみ』創刊。著書に、『中央線で行く東京横断ホッピーマラソン』『酒呑まれ』『多摩川飲み下り』(ちくま文庫)、『愛と追憶のレモンサワー』(扶桑社)、『ぜんぜん酔ってません』『まだまだ酔ってません』『それでも酔ってません』(双葉文庫)、『ぶらり昼酒・散歩酒』(光文社文庫)、『五〇年酒場へ行こう』(新潮社)などがある。

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