ちくま新書

覚せい剤使用バッシング報道を前に、知っておくべきこと

9月新刊の松本俊彦『薬物依存症』(ちくま新書)の「はじめに」を公開いたします。報道や薬物乱用防止教育で広まった「薬物依存症」への誤解やステレオタイプなイメージを打ち破る本書。 「はじめに」だけ読んでも、気づくことが多くあります。ぜひお読みください。

†「今度、ムショから出てきたら、土のなかに埋めてやる!」
 いまから10年以上昔、覚せい剤取締法ですでに何度か逮捕歴がある芸能人が、またしても逮捕されるという事件がありました。よくある話ではあります。そして、これまたよ
くあるように、マスメディアの報道はその芸能人に対するバッシング報道の嵐となりまし
た。
 興味深かったのは、逮捕された芸能人の親友とされる人の反応でした。その親友もまた
芸能人 ―― 屈強な体軀を持ち、喧嘩っ早いことで有名な人でした ―― であり、前回の刑務所出所以来、ずっと彼の支援をしてきたとのことでした。
 私は、テレビレポーターからの取材責めにあった際のその人の発言を、いまでもはっき
りと覚えています。曰く、「前にムショから出たときには、アバラ骨が折れるほどヤキを
入れてやったのに、あの野郎、またクスリを使いやがって。今度、ムショから出てきたら、土のなかに埋めてやる!」
 彼は決して視聴者のウケを狙ったわけではなかったはずです。むしろ本気だったと思い
ます。なぜなら、あまりの悔しさに目を充血させ、顔を苦しげに歪め、まさに「憤懣やる
かたない」という表情だったからです。テレビを眺めながら私は、「これが一般の人たち、それも、善意あふれる人の感覚なのだな……」とため息をついた記憶があります。
 あたりまえの話ですが、罰の痛みによって人を薬物依存症から回復させることはできま
せん。もしも肋骨が折れるほど殴りつけたり、土のなかに埋めたりすることが有効な治療
法であるならば、専門医としての私は、とうの昔に格闘技の特訓を受けるか、さもなけれ
ば土木作業員に教えを請うて、「すばやく穴を掘る」技術を習得する努力をしてきたはず
です。しかし私は、その必要性を感じたことなど、もちろんありません。