短短小説

『うれしい悲鳴をあげてくれ』の著者による新しい超短編の世界

「ふぉ〜っ! まず〜、乾杯しちゃう感じですかぁ〜」
 茶色いパーマヘアをした色黒の男が場を仕切るように叫んだ。
 満開の桜の下で花見という名の合コンが始まった。色黒男が左手の指先で前髪をくるくるといじりながら、右手で缶ビールを持ち上げると、周りの男性陣が同調した。
「ふぉ〜っ。待ってました。いっちゃいましょ、ケントさん!」
 仕切り屋の色黒男はケントさんと呼ばれているようだ。
 良く晴れた週末。花見の名所であるこの公園は、隙間無くレジャーシートが敷き詰められて足の踏み場もない。
「ふぉ〜っ。かんぱーい!」
「かんぱーい!」
 ケントさんの掛け声に続いて、十人ほどの大学生の男女が缶を高々と持ち上げた。それぞれに一口飲んだ後、「やべえ」「うまい」「マジ最高」「来た。がつん来た」と、抑揚のないイントネーションで思い思いの感動の言葉を述べた。
「はろー。おれ、ユウタ。君、名前なんてゆうの?」
 サングラスを額に掛けたユウタと名乗る男が隣の女に声を掛けた。
「あたし、まり。まりっぺとか呼ばれてる」
「えー、まりっぺって、何かダサくない? じゃあさ。じゃあさ。おれだけ、マリーって呼んでいい? いや、君、顔がハーフっぽいからさぁ、逆に、英語っぽくさぁ、メアリー、いや、メァアアァリー、って呼んでいい?」
 ユウタが低いダンディな声色でネイティブの外国人風に発音した。
「何それ、まじうけるんですけど。ハーフって単にカラコンのせいじゃない?」
「冷たいなあ、照れるなって。メァアアァリー」
 ユウタが再びダンディな声を出して馴れ馴れしくメアリーの肩に腕を回した。
「やめて。きゃー、アキ、助けて。この人、超ノリ軽いんですけどー」
 ユウタの腕を払い除けて、近くに座っていた女友達にメアリーが抱きついた。
「ちょっとぉ、私の大事な、メァアアァリィイーに何すんのぉ?」
 アキはユウタ以上のダンディな声を出しておどけた。
「何、やめてよー。アキまでー。まじうけるー」
 三人が手を叩いて笑っている。ユウタがメアリーの顔を覗き込んだ。
「ねえ、ねえ。メアリーはさあ、彼氏とかいるの?」
「う〜ん……」メアリーは缶ビールの飲み口を見つめて物憂げにつぶやいた。「いるけど、微妙なんだよねえ」
「へえー。微妙って、どぉゆぅ状況?」
 ユウタの目が輝きを増した。肉食動物が獲物をロックオンした時の目だ。
「なんかぁ、浮気されてるっぽいんだよねー」
「まじー? チョー最悪じゃん。メアリー、男見る目ないんだねー」
「チョー失礼なんですけどー」
 メアリーが目を細めてユウタを可愛く睨んだ。
「ぜったい俺の方がいいって。こう見えて、おれ、付き合ったらチョー一途。いや、もうマジで。マジで」
 言ってるそばからユウタがニヤニヤしている。
「ぜったい噓でしょ。あんたみたいなの、ソッコー浮気するタイプでしょ」
「あー、やっぱメアリー、オトコ見る目ないなぁー。いや、昔はね、ちょいちょいやらかしちゃったこともあったよ。でも俺、もう大人だから。浮気とか、ない、ない。ないわー。マジで」
 そこまで言うと、ユウタがメアリーの耳に顔を寄せた。
「でもさ……昔遊びまくったおかげで、おれ、セックス上手くなったよー。彼氏より俺の方が上手いって、マジで」
 耳元でユウタが囁くと、メアリーが溜め息をついた。
「チョーうざいんですけどぉー」

「はーい、皆サーン。ちゅーもーく!」
 仕切り屋のケントさんが立ち上がって声を張り上げた。
「そ、ろ、そ、ろ、バーベキュー、いや、ビー、ビー、キュー、始めちゃっていい感じですかぁ〜? ふぉ〜っ」
 男性陣からイエーイの大合唱が起こった。
「えっ? ここって火ぃ使っていいの……?」
 ケントさんの横に座っていた女が驚いた顔をしている。周りを見ても火を焚いている花見客などいない。
「あー。ユー、マジメっ子ちゃんだなぁ〜? もう、可愛いんだからぁ」
 ケントさんがマジメっ子ちゃんの頭を撫でた。
「ミーに任せて。っていうかさ、ビービーキューやんなきゃ花見じゃないっしょ。ふぉ〜っ!」
「ふぉ〜っ! ビー、ビー、キュー! ビー、ビー、キュー!」
 男性陣からビービーキューコールが沸き起こる。
「大丈夫、だいじょーぶ。やったもん勝ちっしょ」
「何か言われたら止めればいいじゃん」
「そう、そう。先のことなんて誰にも分からない。だから、今を楽しむだけ。これが俺たちの、ス・タ・イ・ル」
 男性陣が、まあ、まあ、まあ、まあ、と繰り返しつぶやきながら、浮かない様子の女子たちをなだめていく。手際良く石を積み上げ、焼き網をセットし、固形燃料に火を点けた。
 三月の東京は陽射しがあってもまだまだ寒い。網の上でソーセージや肉がぱちぱちと音を立て始めると、最初は乗り気でなかった女子たちも自然と火の周りに集まり始めた。皆、内心では暖を求めていたのだ。
「あったかぁ〜い」
 いちばん難色を示していたマジメっ子ちゃんも、すぐに周りの雰囲気に流された。火の前にしゃがみ込んで冷たい手をかざすと、その拍子にセーターとジーンズの間から赤いTバックのパンツが見えた。
「わーお。マジメっ子ちゃん、パンツ、勝負系な感じですかぁ〜?」
「きゃっ」
 マジメっ子ちゃんが慌てて背中に手を当てた。
「おい、やめろ! お前ら、見るな!」
 離れた場所からヒーローの口調でマッチョ系の男が駆けつけた。着ていたジャケットを颯爽と脱いで、マジメっ子ちゃんの背中に掛けた。
「お嬢さん、大丈夫ですか。寒くないですか」
「……ありがとう」
「いえ、どういたしまして。よかったら、これもどうぞ。これも、これも……」
 マッチョはどんどん服を脱いでマジメっ子ちゃんに掛けて行く。
「えっ、やだ、なに、なに」
 あっという間にマッチョは裸になってしまった。男性陣が大爆笑している。これがいつものチームプレーなのだろう。
「お嬢さん、温かくなりましたか? 気にしないで下さい、僕は全然寒くないですから」
 マッチョ男はブーメラン型のブリーフ一枚で、マジメっ子ちゃんの顔の目の前に股間を押し付けるように仁王立ちをしている。
「きゃーっ、やめてーっ!」
 マジメっ子ちゃんは笑いながら顔を両手で覆っている。時折、ちらちらと股間を見ながら。

「あいつら、死ねばいいのに」
「ホント。マジで最悪。場所移る?」
「でも、もう場所空いてないよ、たぶん」
 騒がしい花見合コンの隣で別の大学生の男女五人組がぼそぼそと話している。合コンチームとは対照的にかなり地味な佇まいだ。
「人間のクズだね」
「あいつら、絶対、将来とか考えてないでしょ」
「バカ丸出し。就職なんて出来っこないよ」
「いつまでもパーティーピーポーしてろって感じ」
 地味な五人がナイフのように冷たく尖った眼差しで睨みつけるその先で、男たちはマッチョ男を先頭に大声でチューチュートレインを歌い、くるくると腕を回して踊っていた。バーベキューの煙が風に乗って流れて来る。
「ごほっ。目ぇ痛えし。非常識すぎるだろ」
「じゃあ、注意してくれば」
「やだよ。あんな奴らと関わりたくねえし」
「どうせ、言っても無駄だろ」
「そうね、我慢しようよ」
「ああ、何かつまんねえなあ」
「つまんねえとか言うなよ」
「まあ、まあ」
「別に今までだってそんな楽しいことなんかなかったでしょ」
「そうよ。今さらつまんないからって何だって話じゃない」
「そうそう。人生、思ってるほど楽しいことなんて起きない。そして、来週から、よく分かんない三流会社のサラリーマン生活。楽しい訳ない。お先真っ暗。ははは」
「そんな文句ばっか言ってさ、じゃあお前、何がやりたいんだよ、本当は」
「んー……。まあ、別にないけどさ」
「じゃあ、文句言うなよ」
「そうよ。人って何か楽しいこと期待するから、がっかりするのよね。何も期待しなければいいのよ」
「そうだよ」「そうそう」「だね」「だな」
 五人は互いの価値観と連帯感を確認するようにうんと頷いた。

「痛っ!」
「すみません! こら、健太! お兄さんにぶつかったでしょ! ちゃんと謝りなさい!」
 大学生の五人組の隣では、若い夫婦と兄妹の四人家族が花見をしていた。
「ちぇっ……。ごめんなさい」
 幼い男の子が面倒くさそうに謝った。冴えない大学生の男がいいえ気にしないで下さいと苦笑いを返した。男の子は反省の様子もなく、またすぐに全力で暴れ出した。
「へへっ、ジャーンプ! ジャーンプ!」
「おにいちゃん、ずるいー!」
 幼い兄妹が落ちて来る桜の花弁をどっちが沢山摑めるかを競い合っている。
「座りなさい! ほら、お皿がひっくり返っちゃうでしょ」
「こら、ふたりとも!」
 父親が怒鳴ると兄妹がしぶしぶ座り込んだ。ふてくされて一瞬黙ったが、五秒もじっとしていない。
「ママ、ジュースちょうだーい」
「マミも〜」
「はい、はい」
 何かを食べたり飲んだりしている間は静かにしていてくれる。夫婦には花を見る余裕はない。
「なあ、あの火を使ってバカ騒ぎしてる連中、どうなってるんだよ。常識ってもんがないよなあ、最近の若いもんには」
 父親が合コンチームを指さした。羽交い締めにしたマッチョの裸の体に熱々の肉をくっつけて、ぎゃーぎゃー騒いでいる。
「どうなってるって言われても困るわ。でも、私たちが若かった頃も羽目をはずすことくらいあったじゃない?」
「あそこまでバカじゃなかったよ」
「そうかしら? 〝最近の若いもんは〟っていう言葉、太古の昔から老人が若者に言っていたらしいわよ。単に、あなたも歳をとったってことじゃない?」
「歳って……」
 父親が不服そうに発泡酒を飲んだ。
「まったく。せめてこの子たちには、ちゃんとした大人になって欲しいよなあ」
「ちゃんとした大人って?」
「俺みたいな大人だよ」
「あなたが、ちゃんとしてる?」
 母親がくすくすと笑った。
「ちゃんとした大人だろう。おい、健太。お前、大きくなったら何になりたいんだっけ?」
「えーっとねえ、おとうさんみたいな、こうむいん。しゅうにゅうがあんていしてるから」
 息子がへらへらと答えた。
「やだ。そんなの、いつの間に仕込んだの?」
 母親が眉間にしわを寄せて困ったように笑った。
「マミも、こうむいんになる〜」
 兄を真似て妹が叫んだ。
「ええっ? 真美まで? やだもう」
「ははは。なあ? どうだ。しっかりした人生設計だろう?」
「ぜんぜん子供らしくないわ」
「いいんだよ。子供だからって夢なんか見なくても。プロのサッカー選手みたいな、華やかな仕事に就けるのは、ほんの一握りの人間だけだ。もし仮にプロになれたとしても、それからがまた大変だろう? この子たちにそんな冒険はして欲しくないよ。いいぞ、公務員は。安定収入だからなあ」
「あん、てい、しゅう、にゅう!」
 子供たちが声を揃えて叫んで、笑っている。
「そうね。そういえばこないだニュースでやってたんだけど、今の子供たちに〝将来なりたい職業〟のアンケートを取ると、結構上位に公務員が入っているそうよ。そういう時代なのかしらね」
「ああ。おれは子供たちの憧れの職業に就いた、勝ち組の人間さ」
 父親が機嫌良く新しい発泡酒の缶をぷしゅっと開けた。

 ──その頃、遠く離れた場所で一組の夫婦が花見に出掛けようとしていた。
「どうだ。もう出られるかい」
「はい、はい。もう準備が出来ますよ」
 妻が鏡の前で身支度を整えながら言った。銀色の肌に、顔の半分を占める黒目だけの大きな目。華奢な体軀には不釣り合いの大きな頭には髪の毛がない。
「今年は咲いているかねえ」
「さあ。去年はあまり咲いていませんでしたからね。はい、お待たせしました。行きましょう」
 夫婦は庭に停めてあった自家用の小型円盤に乗り込んだ。円盤は物音ひとつ立てずに垂直に飛び上がると、次の瞬間、消えた。数秒後、機体は太陽系の青い星の上空を漂っていた。
「ん? 場所はここで合っているか?」
「ええ。そのようですよ」
 妻がナビゲーションシステムを確認した。
「どうなってるんだ? 去年よりもさらに咲いていないじゃないか」
「そうみたいですね……」
 夫婦は言葉を失った。
 ──コンコン。
 その時、円盤のハッチをノックする音がした。
「こんにちはー。お二人さんの、その綺麗な大きな目と銀色の肌。〝ハナミ〟でいらしたんですよね? お弁当とお飲物、いかがっすか?」
 赤い肌で蛸のような容姿をしている。夫婦とは違う惑星の生命体だろう。
「ああ、そうだ。〝ハナミ〟に来たのだが、今年はやけに〝ハナ〟が少ないような……」
「そうみたいですねえ。まあ、おひとつどうですか」蛸型生命体の青年は持っていた弁当と飲み物を見せた。「私はあなた方のように他の生命体の〝希望〟や〝夢〟が発光して見える特殊な目をしていないので、〝ハナ〟が少ないかどうかはよく分かりませんがね。何でも、今年は極東に位置する縦長の島国の辺りが特に咲いていないのだそうで」
「そうね、残念だわ」妻がスコープをのぞきながらつぶやいた。「この辺りがいちばんの〝ハナミ〟スポットでしたのに。これではもう来年は来ることはなさそうね……」
「まあ、まあ。そう言わずに。あなた方のような〝先進惑星〟の皆さんに〝ハナミ〟に来て頂かなくては、ワレワレのような〝発展途上惑星〟は困るんですよ。観光客相手のこんなちまちました商売がワレワレの唯一の外貨獲得手段なんですから」
「だが、こうも〝ハナ〟が咲いていないのではなあ……」
 夫が周りを見渡した。わずかに数隻の円盤が浮かんでいるだけだ。ここに無数の円盤が浮かんでいた頃が懐かしい。
「でも、あれよりはマシでしょう?」青年が真っ黒い小さな惑星を指さした。「お恥ずかしい話ですが、あれがワレワレの星なんです。人口はもはやパンク寸前。貧困、飢餓、暴動、水質や大気の環境汚染もひどいもんです。野蛮な荒くれ者ばかりの夢も希望もない星ですよ」
 たしかに夫婦がどんなに目を凝らしても、その星には一輪の〝ハナ〟も見当たらない。
「そうか、君はあの星から来たのか……。同情という訳ではないが、何かひとつ飲み物でももらおうかな」
「まいどー!」
 青年の顔に笑みが戻った。
「思えば、私たちの初デートも〝ハナミ〟だったなあ」
「ええ、そうですね」
 夫婦が目を閉じて、想い出にひたっている。
「あの美しい青い星は文明のレベルはかなり低いものの、毎年〝ハル〟という季節が訪れる頃に地表で無数に煌めく光の美しさときたらなかった。いったいあの星の〝コウコウセイ〟や〝ダイガクセイ〟や〝シンニュウシャイン〟たちは、どこへ消えてしまったのか……」
「あれっ? 君、どうしたの?」
 妻が目を開けると、青年の体がわずかに発光していることに気づいた。
「おお! 君、光ってるじゃないか!」
 夫も感嘆の声を上げた。
「あ、そうですか? へへへ」
 青年が照れくさそうに頭を掻いた。その間にも発光はどんどん激しさを増していく。
「何ということだ! 君、素晴らしいぞ!」
「きゃあ、眩しい!」
 夫婦はもはや目も開けていられない。
「青年よ。君はさぞかし大きな夢を抱いているのだろう。もしよかったら、その夢を聞かせてもらえないか」
 夫がうれしそうに訊ねた。
「いや、夢といいますか、あなた方と話していたら、ワレワレの星の未来に希望を見出したんですよ」
「そうか。ならば、なおさら聞かせてくれないか。その夢を!」
 青年の発光がさらに、ぎらっと激しさを増した。
「あの落ち目の〝チキュウ〟って星を侵略してやろうと思いましてね」

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