単行本

僕らは「平成プロ野球」を見て大人になった
中溝康隆『平成プロ野球死亡遊戯』刊行記念 webちくま限定コラム

遂に刊行した注目のプロ野球ライター〈プロ野球死亡遊戯〉こと中溝康隆の最新刊。この刊行に際して「webちくま」限定、著者による書下ろしコラムを掲載します。「バカヤロー、平成プロ野球はまだ終わっちゃいねえよ!」

 
 1989年(昭和64年/平成元年)、『週刊少年ジャンプ』1・2合併号の表紙は『DRAGON BALL』だった。

 うん、これは分かる。孫悟空とピッコロがタッグを組んでのラディッツとの激闘でサイヤ人編がさらに盛り上がろうとしていた時期だ。で、平成に突入した同年のジャンプ29号の表紙は『聖闘士星矢』である。86年放送開始のTVアニメやオモチャも含め、昭和に大人気のイメージがある作品だが、漫画連載は翌90年まで続いている。
 当時、小学生だった俺はファミコンソフトの『燃えろ!!プロ野球88 決定版』で130試合のペナントレースの勝敗をノートに記録しながら進めるという、どれだけ暇なんだ……じゃなくて今考えればストイックな修行僧のような遊び方をしていた。確かに『燃えプロ』はゲームバランスが酷いクソゲーだったかもしれない。けど、そのデタラメさも含めて、子どもたちは楽しんでいたのである。

 あの頃のプロ野球もある意味、無茶苦茶だった。89年シーズンは巨人の斎藤雅樹が21完投7完封、近鉄の阿波野秀幸が21完投5完封という凄まじい投げっぷりに驚く。平成元年と言っても球界はまだ昭和の大エース像が色濃く残っていたわけだ。1990年(平成2年)6月には、ボーク判定に腹を立てたロッテの金田正一監督が審判に殴る蹴るの暴行をして罰金100万円と30日間の謹慎処分。厳しい? いやユルすぎる。間違いなく現在ならネットで大炎上かまして即クビだろう。

 さらにこの年、ダイエーにひとりの超大物助っ人選手が入団する。リッチ・ゴセージである。大リーグ史上2位の通算307セーブ(当時)を挙げた伝説的な抑え投手。ガーガー言ってかみつく気性の荒い性格で“グース”(がちょう)の愛称で知られ、全盛時には100マイル(約161キロ)の速球と85マイルのスラーブを武器に、ホワイトソックスやヤンキースで3度の最多セーブに輝いた。すでに39歳目前だったが、ヤンキースを解雇され、この年の2月には近鉄やダイエーの入団テストを受けるも不合格。だが、田淵幸一監督率いるダイエーは、年間100敗到達も噂される勝率2割台の最下位独走で夏前に緊急獲得を決断する。

 契約金4000万円、1勝、1セーブごとに出来高ボーナス支給。まだバブル好景気で沸くニッポンで一稼ぎを狙い来日。7月4日、自身の誕生日前日の近鉄戦で日本デビューした伝説のクローザー。……と思ったら、ゴセージはジム・トレーバーに2球目を完璧に捉えられ同点アーチを食らってしまう。自らの希望で獲得を決めた田淵監督も意地になって起用するも6試合連続救援失敗というドツボにハマり、「開幕後も自主トレで調整を続けていた」はずが、「春季キャンプ不合格後はコロラド州の自宅の牧場で牛を飼い、息子とたまにキャッチボールで遊んだ」と判明するのはもう少しあとのことだ。『週刊文春』や『週刊現代』では「牛のフンを投げてただけ」なんて強烈にディスられる元セーブ王(結局、ゴセージはダイエーを1年限りで退団するが、翌年からメジャー復帰)。調査不足と同時に、まだ野茂英雄の渡米前、日本球界には根強い大リーグ最強幻想があった。

 時は流れ、平成初期は弱小チームだったダイエーホークスは、ソフトバンクホークスという球界屈指の強豪チームへ生まれ変わり、先日はMLBドラフト1巡目指名経験のある19歳のカーター・スチュワートと推定6年700万ドル(約7億7000万円)の大型契約で合意。平成2年の39歳ゴセージから、令和元年の19歳カーターへの長い道のり。思えば遠くに来たもんだ。時代は大きく変わったのである。

「1位松井秀喜311回、2位長嶋茂雄231回、3位イチロー207回、4位巨人198回、5位松坂大輔185回、6位貴乃花171回……」

5/22刊行『平成プロ野球死亡遊戯』

 平成最後の2019年4月30日の『日刊スポーツ』では、平成31年間の一面回数ランキングが発表された。90年代前半のスポーツ界はミスターとゴジラ松井の巨人勢と大相撲の若貴フィーバーで盛り上がったが、95年(平成7年)のスポーツ選手一面回数トップはドジャースでトルネード旋風を巻き起こした野茂英雄の31回である。さらにイチローや松坂というパ・リーグ出身のスター選手も出現。そして、日韓W杯を目前にした2000年には野球選手たちを抑え、サッカー界の中田英寿が24回で1位に。

 あぁなんか懐かしいこの感じ。あの頃、イチローやゴジラ松井はもちろん、松坂や上原もいて、同時にゴセージやパンチ佐藤もいた。ブラウン管の向こう側には中田英寿や桜庭和志や橋本真也だっていた。みんなで集まってスーパーファミコンで『パワプロ』を、PS2で『ウイイレ』を遊んで、乙葉や井川遥のグラビアに夢を見た。俺らはそうして大人になったのだ。

 単行本『平成プロ野球死亡遊戯』にはそのすべてを詰め込んだつもりだ。失われた10年、20年とよく言われるが、平成は楽しかったし、平成プロ野球も面白かった。本書を読んで、そう思ってもらえたら嬉しい。

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