(前略)
天皇と戸籍をめぐる「日本」の日常的風景
日々、我々は時間を気にして生きている。分刻みで書かれたスケジュール表を持ち歩いている人もいれば、すでに一年後の予定までカレンダーに書き込んでいる人もいる。それらの人々は、元号という日本独自の時代区分が天皇の代替わりとともにあることを、換言すれば、天皇によって日本の"時代区分"が左右されることについて、何を思うであろうか。
天皇が病に伏した時や、皇族が婚姻や出産を迎えた時、遠近を問わず皇居へ出向き、律儀に記帳を行う人々がいる。その半面、せいぜい元号が変わる時くらいしか天皇という存在を意識しない人々もいる。
ひとつの制度が長きにわたって存続している時、それが人々に利便や快楽をもたらすわけでもなく、それを存続させることの合理性すら感じられなくても、それが稀有な「伝統」なのだと説明されれば、すんなりと納得してしまう人は多い。天皇制も戸籍も、国民にとっていかなる必要性があるのかとあらためて問われれば、大半の人は答えに窮すること請け合いである。どちらも、国民が日常生活を送る上で利用ないし接触する機会はほとんどなく、天皇に至っては、むしろ対面する機会が一生に一度も訪れない人の方が普通である。
つまり、制度が存続する可能性は、国民がいかにその存在意義に無自覚ないし無関心となるかにもよるといえよう。そうした非合理な制度の受動的追認という心理が顕著にはたらいているのが、戸籍制度であり、天皇制ではないか。
戸籍制度は、東アジアに固有の伝統的な身分登録制度である。中国では七世紀の唐の時代に体系的な戸籍制度が整備されたとみられ、日本でも唐に倣って七世紀後半から全国統一の戸籍を実施していた(第1章参照)。つまり、日本の戸籍制度は、幾度の変遷を経ながらも、今日まで少なくとも一三〇〇年以上にわたって存続してきたのである。
戸籍が現在のような「氏」を基準とする家族単位の編製となったのは明治時代からであるが、それでもすでに一二〇年以上の歴史がある。日本と似た戸籍制度が続いてきた韓国は二〇〇八年にこれを廃止した。中国と台湾の現行の制度は居住登録という意味合いが強く、日本のそれとはだいぶ違う。まさに日本の戸籍は今や、世界の中で類を見ない制度と化している。
これほど長きにわたって戸籍制度とともに生きてきた日本人は、今日では戸籍に管理されることに抵抗や不服を覚えることはなく、それどころか戸籍に管理されているという意識そのものが希薄である。
結婚の時には夫婦が氏を同一にしなければならないという面倒事がありながら、みんながそうしているから自分たちもと"自然"に婚姻届を役所に出す。戸籍に登録され、血縁や氏に帰属することを尊重する風潮は、自我の突出を抑制して集団への恭順ないし同調を美徳とする精神を内包している。
戸籍制度に対する日本人のこうした無抵抗な順応は一体、何に由来するのであろうか。そう考える時、天皇制に対する国民意識のなかに、これと酷似したものを見出さざるを得ない。
戦前において、「現人神」たる天皇は日本の「家長」、国民はその「赤子(せきし)」とされ、「君臣」は「親子」として一体化するという家族国家思想が鼓吹された(第5章第3節参照)。この時、天皇に帰依しえぬ者は、「父親」の慈愛に背く不孝者となる。まして、天皇制に対して反対の声を声高に上げることは「不敬」とされ、治安維持法や刑法によって犯罪として扱われた。
戦後になって、天皇に対する批判的言動は慎まれ、天皇制のもつ精神的価値を必要以上に見つけ出して称えようとする空気が日本社会を取り巻いている。
二〇一九年四月一日、新元号「令和」が政府から発表されると、日本全国が興奮と熱気に包まれた"かのように"メディアでは報じられた。実際のところ、どれほどの人が今回の改元を肯定的に受け止めたのかは定かでない。だが、元号を廃止してはどうかといった本質的な議論は、メディアでは一顧だにされなかった。たとえ、元号に対して否定的な反応が露わになったとしても、メディア側の裁量によってほとんど表に出なかったであろうことは想像に難くない。
米国のジャーナリスト、ウォルター・リップマン(Walter Lippmann)は『世論』(一九二二年)において、マスメディアが伝達する情報によってそれが「真実」であるかのように創り上げられた「疑似環境」を人間は「現実」として認識し、それに基づいて自らの行動を形作ると論じたが、まさしくこれは天皇制をめぐるマスメディアと日本人との関係にも当てはまるといえよう。
戸籍制度についても同じことがいえる。母親が「日本人」であっても、さまざまな事情で戸籍に記載されていない無戸籍の「日本人」の存在が近年、マスメディアでさかんに取り上げられるようになった。だが、報道だけでなく、ドラマや映画をみても、無戸籍者の存在は"悲劇""不幸""憐れ"な存在として描かれるのがもっぱらである。なぜかというと、就学、就職、社会保障、参政権など、「我々」が当然のように手にしている権利や自由は、戸籍がなければことごとく失われるという、戸籍と個人をめぐるステレオタイプが常に幅を利かしているからである。
天皇制と戸籍、一体、その何が「日本人」の精神や価値観を縛っているのであろうか。
戸籍制度を通してみえてくる天皇制
「日本」という国家の姿、形を問う切り口も、いろいろあろう。
「日本人」であればもつことが"当然"とされる戸籍であるが、その一方で戸籍をもたないことが"当然"とされる天皇家が、「日本国家および日本国民統合の象徴」として君臨している。このような状況が、いかなる歴史的展開をたどって形成されたのか。それによって「日本人」なるものがいかに形作られてきたのか。
筆者は前著『戸籍と無戸籍──「日本人」の輪郭』(二〇一七年)で、天皇家は戸籍を超越した存在であるとして、日本国家におけるその歴史的な特殊性について言及した。本書では、天皇制と戸籍をめぐる法および社会の構造と思想をさらに明瞭に浮かび上がらせることで、「家」や「血統」というものの意味を、「国家」や「歴史」の観点から問い直していく。
具体的には、以下の課題に取り組むこととする。
第一に、天皇および皇族が戸籍をもたないこと、換言すれば、戸籍が「臣民簿」として存在し続けていることの歴史的意味を検討する。これに関連して、天皇家が氏姓をもたないという事実を通して、日本人にとって氏姓とは何であるかを問い直したい。
第二に、天皇家における家族制度について、それが戸籍法および民法によって規定される一般国民の家族制度と比べていかなる特色をもち、そこに込められた思想が何であるかをさぐる。
第三に、天皇家の系譜にして身分登録である皇統譜の内容およびその歴史を検証するとともに、天皇家と一般国民との間に生じる「籍」の変動に光を当てる。
第四に、戸籍に支えられた「家」の思想と天皇家との結びつきを考察する。特に日本人の家族法において、天皇家がひとつの倫理的規範として位置づけられた歴史に焦点を当てる。
明仁天皇の退位問題が持ち上がってからというもの、書店にはおびただしい数の天皇関係の書籍が置かれている。本書は正面から天皇制を論じるものではない。家族と法という一般国民にとって身近な題材を取り上げ、血統の尊重、男尊女卑、系譜の崇拝といった伝統的な価値観がなぜ日本に残り続けているのか、天皇制と戸籍制度が長く存続してきたことの現代的意味とは何かを問うことで、我々が直視せずにきた問題を再考するきっかけとなることを願って一書とした。