▼「ブーム」の第一波はリーマンショック後
守屋淳 木村さんは渋沢栄一記念財団の研究部部長として、渋沢研究に関するさまざまなプロジェクトを主導し、その知見をちくま新書の『渋沢栄一――日本のインフラを創った民間経済の巨人』というご著書にまとめられました。まず伺いたいのは、なぜ、ここ十数年で渋沢栄一の人気がこんなにも盛り上がってきたのでしょうか。
木村昌人 第一の波がやってきたのは、2008年のリーマンショックの反省が大きいと思います。グローバル金融資本主義のやり方では世界経済が立ち行かないことが明らかになり、その後の時代の舵取りをするための思想的よりどころとして、渋沢の代表的著作『論語と算盤』に注目が集まりました。守屋さんの『現代語訳 論語と算盤』(2010年刊行)は、まさにその時代的な知的欲求に応えるものでしたね。
現在もあてはまりますが、渋沢栄一が注目を浴びるのは、世の中の景気がよくないときと重なります。
守屋 確かに、もっとさかのぼると1997年に山一證券や北海道拓殖銀行が経営破綻したときにも、渋沢が話題になりました。
木村 日本のバブル時代が、終わったときですね。話を戻しますが、2008年のリーマンショックの後の渋沢栄一への注目度は、海外も巻き込んだ大きなものでした。英米型の金融資本主義が暴走してしまったときの歯止めとして、経済倫理というものが見直されました。たとえば「見えざる手」で有名なアダム・スミスが『道徳感情論』で説いているような、市場経済を支える人間が持つべきモラル、相手の自由を妨げないことへの配慮が再び注目されました。そうした経済倫理の歴史的なモデルの一つとして、日本で「道徳経済合一主義」を主張していた渋沢栄一がアメリカのビジネススクールの先生からも注目されたわけです。
もう一つ、中国の台頭が大きな要因です。GDPで日本を抜き世界第2位の中国経済の動向は世界中から注視されていますが、中国が経済と道徳(儒教)の両立のお手本として、渋沢の考え方に注目し出しました。中国で商売をしようと思っている外国企業も、それを知って『論語と算盤』を手に取っている、という動きが見られます。
▼「現代語訳」が生まれた必然
木村 ところで、『現代語訳 論語と算盤』を出されたのはちょうどリーマンショックの後ですが、この本を出されようと思ったきっかけはありましたか?
守屋 当時、経済同友会で『論語と算盤』の読書会をやっていました。渋沢栄一の玄孫にあたる渋澤健さん(コモンズ投信取締役会長)が声をかけて、新浪剛史さん(当時ローソン社長)、和田洋一さん(当時スクウェア・エニックス社長)、金丸恭文さん(当時フューチャーアーキテクトCEO)などなど、有名な経営者の方々が参加していたのですが、その中で、ある経営者から原文が難しすぎて読めない、という意見が出ました。
参加者のなかには英語を使いこなして、海外でMBAを取っているような人もいたのですが、日本の古い漢文調の文章が読みづらい、と。それを聞いて、教養というものが、英語的なものと漢文的なものの二つに分かれてしまっているな、と痛感しました。この先、漢文調の文章を読めない人がどんどん増えてしまうであろうなかで、渋沢のこの名著も埋もれてしまうのではないか、と危惧するところがありまして、現代語訳をしてみようと思い立ったわけです。
木村 それがちょうど、リーマンショックの後だったというのも、運命的な感じがします。
守屋 そうなんです。その経営者の集まる勉強会の中の共通認識として、リーマンショックがあって、強欲な資本主義を追求するような経営が明らかに限界を迎えている、アメリカも、その後ギリシア危機を経験するヨーロッパも、もうお手本にならない、と皆考えていたのです。そんな中、むしろ足下の日本に、渋沢栄一という原点があるではないか、それをもう一度勉強してみようということで、取り上げられたんですね。
そういう時代的な要請もあって有名な経営者が愛読書に挙げるようになり、ビジネス界の必読書のような存在になったのはうれしいことです。
▼ビジネス界の知的欲求の変遷
守屋 大きな流れから見た私の印象ですが、ビジネスの世界で活躍している人の知的欲求として、バブル景気の頃までは、歴史や中国古典から学ぼう、という姿勢の人が多かった。雑誌『PRESIDENT』が、中国古典を知ろうとか、日本海軍の名将の言葉とか、そういう特集をたくさん出したりしていました。だけど1980年代のバブルの頃から、まず経営者の座右の書が漢文系から英語系に変わっていきます。中国古典や日本の歴史から学ぶよりも、まずMBA、アメリカの新しい経営から学ぶべきだというような流れに変わってくる。しかしその流れのいき着く先がリーマンショックだったわけですから、これは違うとなって、また戻ってきている感じがします。そこで、渋沢栄一を見いだしたというのが現在地ではないかと思っています。
木村 なるほど。欧米の考え方や方法だけに依存することへの危惧は、渋沢自身も持っていた問題意識です。1920年代に渋沢は二松学舎の舎長として、漢学教育が軽視されていないかということを憂いていました。明治時代になって、福沢諭吉の『学問のすすめ』に代表されるように、西洋の学問をどんどん学び始めたことはよいが、温故知新という態度が忘れられていないか、と。あまりにも個人の自由ばかり追求していたら私利私欲に偏って、公のことを考えなくなるのではないか、これはいかん、と渋沢は気づきました。そこで漢学教育に見られる、公のために何かをするという発想が必要だと言っていたのです。
守屋 MBAはその対極にあるぞ、と渋沢が今の時代をもし見たら言うかもしれませんね。
▼スポーツ界でも、「勝つためのバイブル」に?!
木村 ビジネス界だけにとどまらずスポーツ界、とりわけ北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督が選手たちに勧めたことの影響も大きかったですよね。
守屋 その流れはとても大きいです。昨年、栗山さんに取材する機会がありまして、なぜプロ野球の監督が『論語と算盤』を選手に読ませているのか、聞いてみたんです。栗山さんの答えは、野球でのぎりぎりの勝負において、最終的に勝敗を決めるのは、人間力なのです、と。その人間力を磨くために必要なことがこの本には書いてあるから、選手に読んでほしいと思って渡しています、とのことでした。実際に、大リーグのロサンゼルス・エンゼルスに行って大活躍している大谷翔平選手は愛読書にしていたとのことです。
もう一つ仰っていたのは、プロ野球では意外にも、チーム全体で目的意識をかちっと共有できると勝てる、という法則がある。わかりやすいのが、阪神・淡路大震災の後のオリックス・ブルーウェーブ(チーム名当時)、東日本大震災の後の東北楽天ゴールデンイーグルスなんですよ。
木村 たしかに、そうでしたね。
守屋 絶対勝つんだ、と選手全員で燃え上がることができたなら、そのチームは勝てるんだけれど、普段はなかなかそこまで一丸となって盛り上がることが難しい。平時に選手たちに目的意識を持たせ、モチベーションを奮い立たせるための手段として、栗山監督は『論語と算盤』を使っていたそうです。渋沢栄一のように志を持て、燃え上がれ、というように。
木村 有名な選手にこの本を渡すたびに話題になっていましたものね。
守屋 渋沢栄一が、2021年大河ドラマの主人公として描かれることに決まったり、2024年度から1万円札の顔になることがわかって、栗山監督もすごく喜んでいました。これまで、『論語と算盤』を渡して渋沢のすごさを語っても、「誰それ?」という反応が多かったそうですが、このように全国的に取り上げられて話題にしやすくなった、と。
木村 本当に、知名度が一気に上がりました。みんなが、渋沢栄一の名前を聞くと「ああ、あの人」と思い浮かぶくらいにはなりました。
守屋 いろんなことが相まって、ここ十数年で、日本にしろ世界にしろ、渋沢栄一という人物についてものすごく盛り上がってきましたよね。