『春原さんのリコーダー』

杉田協士監督『春原さんのうた』
(原作/東直子『春原さんのリコーダー』)
をめぐる座談会
第1回 春原さんはフィクションです

短歌が原作となる映画はまだ少ないが、杉田協士監督は前作『ひかりの歌』に続き、東直子のデビュー歌集『春原さんのリコーダー』を元に『春原さんのうた』を製作した。なぜ、この歌集の中の1首を選んだのか? 短歌の映画化にも詳しい枡野浩一と共に二人に話を伺った。

  
   「短歌の映画化」の歴史をたどっていくと


枡野 私は短歌の映画化にけっこう詳しいんです。「クイック・ジャパン」157(太田出版)にも同じ話題のコラムを書いたばかりなんですが、コラムより詳しくご説明してもよいですか?

一同 どうぞ。(笑)

枡野 たとえば『TANNKA 短歌』(2006年)っていう、そのものずばりのタイトルの映画があります。俵万智さんの小説(『トリアングル』中公文庫)が原作で、作詞家の阿木燿子さんが監督、黒谷友香さんがヒロイン。エロティックな描写が評判になった映画です。次に記憶に新しいのが『乱反射』(谷口正晃監督、2011年)。これは小島なおさんの歌集『乱反射』(角川書店)が原作なんです。作者の小島さん自身を思わせるヒロインを演じているのが桐谷美玲さん。お母さんが有名な歌人(小島ゆかり)であるという属性を作中にとりいれていて、そのお母さんを演じているのが高島礼子さん。ヒロインが若くして短歌の賞をとったという事実も生かしていて、でも物語はおそらく脚本家(菅野友恵)が考えたラブストーリーっていう、かなり不思議な映画なんですよ。

杉田 ずっと気になってるんですが、まだ観られてないんです。

枡野 よかったら今度、DVDお貸しします。

杉田 ぜひ。

枡野 で、今年の九月に「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2021」でオンライン上映された短編『世界で一番すばらしい俺』は、工藤吉生さんの歌集『世界で一番すばらしい俺』(短歌研究社)が原作で、これもインパクトのある映画化でした。失恋して高校の校舎から飛び降りるというエピソードは工藤さんの高校時代の実体験で、主人公の男子高校生を女優の剛力彩芽さんが演じています。短歌をいくつも並べたものを「連作」というんですが、その連作の短歌、一首一首をシーンごとに字幕で映していくんです。朗読もあります。緊迫感のある映像を観ながら、その一首一首を目と耳で追うことで、物語がわかっていく仕組みです。とてもストレートな方法である気もするけれど、今までなかったから新鮮でした。

杉田 私も配信で観ました。とても丁寧につくられていて。監督(山森正志)がどなたかすぐに調べたりしました。

枡野 公開時期が前後しますが、去年一般公開されて話題になったのが『滑走路』(大庭功睦監督、桑村さや香脚本)。これは萩原慎一郎歌集『滑走路』(角川文庫)が原作です。著者は若くして自殺で亡くなっていて、その生涯と作品をもとに映画が企画されているにもかかわらず、主人公が短歌を詠んだりは全然しないんですよね。『乱反射』の場合は原作者自身をイメージしたヒロインが出てくるし、ヒロインはノートに短歌を書いたりするんです。歌集『滑走路』の主人公は非正規雇用で苦しむ歌人自身ですが、映画『滑走路』の主人公は厚生労働省に勤務する若手官僚です。その彼が、ひょんなことから自殺した同世代の若者の存在を知るというストーリーなんですが、その自殺した若者が短歌を詠むシーンも描かれません。ノートに書かれた短歌が発見されたりもしません。短歌はエンドクレジットの中で紹介されます。私はいつ短歌が出てくるのかとずっと待っていたので最後、ぼうぜんとしてしまいました。

一同 (笑)

枡野 私は普通に映画館で観たんですけれども、観ている途中で「これって原作に関係なく考えた話じゃないのかな」って思ったシーンがあったんです。離婚歴がある私の心に響くエピソードだったんですけれども。公式パンフレットを買って読んだら、そのあたりのことが明かされていたんですよ。この映画の企画が立ち上がる前からあたためていたエピソードだ、って。それで「うーん、ある意味、徹底した態度のアプローチかもしれないけれども」って思ったのが、最近のことだったんですね。べつに、まったく悪いことではないんでしょうけれども。非正規雇用の苦しみよりも、その、歌集とは関係なく、もともとあたためていたというエピソードのほうが、私の心には残ってしまったので⋯⋯。

一同 ⋯⋯⋯⋯。

枡野 そのように「短歌の映画化」の歴史をたどっていくと、杉田監督のアプローチはそれらのものともまたちがっていて。前作『ひかりの歌』も、短歌一首からイメージを広げて脚本を書かれて短編映画をつくって、それを時間をかけて四本つくって、束ねて一本の長編として提示するという、これまでになかった方法だと思うんですよね。東さんは、その映画化のお話があったとき、既に短歌原作の『ひかりの歌』をご覧になってたんでしたっけ?

 はい。観ていました。

枡野 それで「ああいうふうに映画化するんだな」って、イメージしやすかった。ってことはあるんですね、きっとね。

 そうですね、やっぱり。短歌が関わった映画って、私もいくつか観てきたんですけど、ちょっと短歌っていうものを特殊化したりしていて、しっくりくるものが少なかったんです。そんな中で、杉田監督の短歌を原作とした映画は、「あ、こういうふうに広げてもらえたら、短歌のほうも映画のほうも幸せだな」と思える部分があったので。それで私の短歌をつかっていただけるのであれば、私もとっても幸せだなと思いました。

杉田 今、お話を聞いてて。枡野さんが挙げられた作品は、「短歌」と「短歌の詠み手」が一致しているものが多いですかね。

枡野 それは、いろいろです。俵万智さん原作のものは、主人公が歌人ではなくフリーライターになっていたりして、私小説のようでもあるけれども、現実とは変えてあるんです。

杉田 あ、私が言いたかったのは、原作の短歌自体のことで。一人称の短歌が映画の原作として選ばれることが多いのかなと。『滑走路』という歌集も、作者がおそらく自分のことを詠んだ短歌でできていますよね。

枡野 それはそうです。短歌の主人公と、短歌の作者がイコールで結ばれる感じですね。

 一人称で、わりと自分の境涯に即して詠んでるタイプの短歌。

枡野 工藤吉生さんも。萩原慎一郎さんも。小島なおさんも。

 そうですね、三人とも。

2021年12月10日更新

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杉田 協士(すぎた きょうし)

杉田 協士

1977年、東京生まれ。映画監督。
2011年、初長編『ひとつの歌』が第24回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門に出品され、翌年に劇場公開。2019年、加賀田優子・後藤グミ・宇津つよし・沖川泰平の短歌を原作としたオムニバス長編『ひかりの歌』が劇場公開。「キネマ旬報」をはじめとする各紙誌での高評価や口コミでの評判を得て全国の劇場へと広まる。
東直子の第一歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)の表題作にあたる一首、《転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー》を原作とした最新長編『春原さんのうた』は2021年、第32回マルセイユ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門にてグランプリ、俳優賞、観客賞を獲得するなど海外での受賞が続いている。2022年1月8日よりポレポレ東中野ほかで公開開始。
自作映画をもとにした小説『河の恋人』『ひとつの歌』を文芸誌「すばる」(集英社)に発表するなど、文筆でも活躍が期待される。

東 直子(ひがし なおこ)

東 直子

1963年広島生まれ。歌人。歌誌「かばん」所属。短歌のみならず小説、戯曲、イラストレーションも手がける。
1996年、短歌連作『草かんむりの訪問者』で第7回歌壇賞受賞。同年に刊行した第一歌集『春原さんのリコーダー 』(本阿弥書店/ちくま文庫)が『春原さんのうた』として映画化。
第31回坪田譲治文学賞受賞の小説『いとの森の家』はNHKでドラマ化。ベストセラーとなった小説『とりつくしま』(ちくま文庫)は劇団俳優座によって舞台化されている。
表紙イラストレーションも提供した、佐藤弓生・千葉聡との共編著である短歌アンソロジー『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)には枡野浩一も参加。
第二歌集『青卵』(本阿弥書店/ちくま文庫)ほか著書多数。穂村弘との『回転ドアは、順番に』(全日出版/ちくま文庫)など共著も多数。最新刊は絵本『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子/岩崎書店)。

枡野 浩一(ますの こういち)

枡野 浩一

1968年東京生まれ。
音楽ライター、コピーライターを経て、1997年『てのりくじら』(実業之日本社)他で歌人デビュー。
短歌小説『ショートソング』(集英社文庫)は小手川ゆあ作画で漫画化され、漫画版はアジア各国で翻訳されている。短歌入門『かんたん短歌の作り方』(ちくま文庫)など著書多数。
杉田協士監督の長編映画『ひかりの歌』に出演したほか、五反田団、FUKAIPRODUCE羽衣などの舞台出演経験も。最後に出した短歌作品集は2012年、杉田協士の撮り下ろし写真と組んだ『歌』(雷鳥社)。
昨今は目黒雅也の絵と組んだ絵本を続けて出版しており、最新作は内田かずひろの絵と組んだ童話集『みんなふつうで、みんなへん。』(あかね書房)。
ライターとして今回の座談会の構成も担当。