『春原さんのリコーダー』

杉田協士監督『春原さんのうた』
(原作/東直子『春原さんのリコーダー』)
をめぐる座談会

第1回 春原さんはフィクションです

短歌が原作となる映画はまだ少ないが、杉田協士監督は前作『ひかりの歌』に続き、東直子のデビュー歌集『春原さんのリコーダー』を元に『春原さんのうた』を製作した。なぜ、この歌集の中の1首を選んだのか? 短歌の映画化にも詳しい枡野浩一と共に二人に話を伺った。

   春原さんが「フィクション」であるということ

枡野 そのあたりのことは先日も歌人の穂村弘さんと長く話して、雑誌「NHK短歌」に対談が載る予定なんですが。わりと短歌の伝統的には、「作者と主人公は一致している」っていう建前でつくられてた時代が長くて。でも東直子さんとかはもう、文庫版『春原さんのリコーダー』のあとがきでも、フィクションなんですよ、って書いてらっしゃるじゃないですか。

 はい。

枡野 それは、あとがきでわざわざ書かないと困る感じだったんですか。「春原さん、どんな人ですか?」と、やたらと質問されるとか。

 言われる気がしたんです(笑)。歌集を出す前から、きっと「だれ?」って言われるだろうなと思って。

枡野  《知りあいに「春原さん」という人がいて、きれいな名前だなと思って歌集のタイトルにお名前をお借りしたのですが、モデルというわけではなく、歌の中の人物はフィクションなのです》

 そうですね。あとがきでわざわざ種明かし的に言う必要はあるのかという話は、ありましたけどね。

杉田 私もそのあとがき、よく覚えてます。文庫が手に入ったとき、映画化の許可はもういただいていて、映画をつくり始めようとしていたタイミングだったので、なにか後押ししてもらったような気持ちになりました。

 あれは文庫のあとがきで初めて書いたことで。単行本では特に、春原さんについての言及はしてなかったんですよね。

杉田 そうですよね。だから文庫になった歌集をあらためて読んだときに、その一文が目に留まって、「春原さん」をしっかりとフィクションとして描かねばという気持ちになりました。

 (笑)

枡野 私はてっきり、単行本が文庫化されるまでの歳月でトラブルかなにかがあったから、あとがきが足されたのかと思ってしまいました。

 トラブルは特に思い当たるものないですね。でも、なんだろう? 春原さん⋯⋯⋯年配のかたから、「このぽけーっとしたタイトルがよくない」とか、いろいろ言われましたけど(笑)。

枡野 歌集のタイトルとしては、なぜこれを持ってきたのかっていうのは正直、謎ではありましたよ。キャッチーな短歌がたくさん詰まった歌集だから。なぜ、この一首が連作タイトルになり、かつ、歌集のタイトルにまでなったんだろうって。とっても、思い入れが、あったんですか?

 いや、強い思い入れという感じではないですけど。この『春原さんのリコーダー』という連作は、「草かんむりの訪問者」っていう歌壇賞(1996年)受賞作の、受賞後第一作としてつくった連作です。最初は歌集タイトルも『草かんむりの訪問者』にしようとしたんですけど、検索してみたら『草冠』っていう言葉がタイトルに出てくるミステリー小説かなにかがその頃に出ていて、かぶるのが悪いなと思ったんです。この『春原さんのリコーダー』っていうタイトルなら、おそらくだれとも絶対にかぶらないだろうと。固有名詞が入ったタイトルって、小説とかはよくありますけど、歌集ではまあないかなと。ちょっとそのあたりも若干、新しいことがやりたかった部分もあって、このタイトルに決めた気がします。

枡野 のちに東さんは小説も書くようになりましたが、第一歌集の段階から、わりと小説の本みたいなニュアンスも意識されてたって感じなんでしょうかね。出版物全体を見渡した上で。

 そうですね。意気込んで小説的要素を入れるぞと思ったんではなくて、自然と。もともと物語を書きたいっていう意識があったので、短歌で三人称的なものをつくってもいいんじゃないかと思っていたので、タイトルにも押し出したところがあるのかもしれないですね。ただ、私が最初って感じじゃなくて。たとえば林あまりさんは『ナナコの匂い』(マガジンハウス)と言う本で、林さん自身とはちがう人物を立てて短歌をつくったりしていたので、そういう影響はあったかと思います。

枡野 林あまりさんは雑誌「MOE」(現在は白泉社、当時は偕成社)の、短歌投稿欄の選者だったんですよね。そこに東さんが投稿されていた。

 そうですね。

枡野 林あまりさんは、かなり初期から「自分とは別の主人公を立てて短歌を考えます」って宣言されていた、当時は珍しい歌人でしたよね。今はそういう歌人、多くなりましたが。

 多くなってきているような気もします。「かばん」の歌人はそういう人が多くて、穂村弘さんも、そんなに本人の境涯が反映されてる感じではないと思ったし。「かばん」の発行人の井辻朱美さんも、ほとんど実人生は反映されいないファンタジーの世界を短歌で描いているので、その影響が大きかったかなと思うんですけど。


枡野 なるほど。「春原さん」のフィクション性が、とりわけ映画化で功を奏したのかもしれませんね。

【枡野注/前田夕暮が創刊し長男の前田透が引き継いだ「詩歌」という歌誌があり、透の没後「詩歌」の有志によって同人誌「かばん」が創刊された。林あまりさんは「詩歌」を経て「かばん」創刊時のメンバーだったが、現在は無所属。穂村弘さんと東直子さんは現在も「かばん」所属。枡野浩一の短歌小説『ショートソング』(集英社文庫)に登場する「ばれん」が、「かばん」へのオマージュであることは言うまでもない。】

(次週に続く)

2021年12月10日更新

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杉田 協士(すぎた きょうし)

杉田 協士

1977年、東京生まれ。映画監督。
2011年、初長編『ひとつの歌』が第24回東京国際映画祭日本映画・ある視点部門に出品され、翌年に劇場公開。2019年、加賀田優子・後藤グミ・宇津つよし・沖川泰平の短歌を原作としたオムニバス長編『ひかりの歌』が劇場公開。「キネマ旬報」をはじめとする各紙誌での高評価や口コミでの評判を得て全国の劇場へと広まる。
東直子の第一歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)の表題作にあたる一首、《転居先不明の判を見つめつつ春原さんの吹くリコーダー》を原作とした最新長編『春原さんのうた』は2021年、第32回マルセイユ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門にてグランプリ、俳優賞、観客賞を獲得するなど海外での受賞が続いている。2022年1月8日よりポレポレ東中野ほかで公開開始。
自作映画をもとにした小説『河の恋人』『ひとつの歌』を文芸誌「すばる」(集英社)に発表するなど、文筆でも活躍が期待される。

東 直子(ひがし なおこ)

東 直子

1963年広島生まれ。歌人。歌誌「かばん」所属。短歌のみならず小説、戯曲、イラストレーションも手がける。
1996年、短歌連作『草かんむりの訪問者』で第7回歌壇賞受賞。同年に刊行した第一歌集『春原さんのリコーダー 』(本阿弥書店/ちくま文庫)が『春原さんのうた』として映画化。
第31回坪田譲治文学賞受賞の小説『いとの森の家』はNHKでドラマ化。ベストセラーとなった小説『とりつくしま』(ちくま文庫)は劇団俳優座によって舞台化されている。
表紙イラストレーションも提供した、佐藤弓生・千葉聡との共編著である短歌アンソロジー『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)には枡野浩一も参加。
第二歌集『青卵』(本阿弥書店/ちくま文庫)ほか著書多数。穂村弘との『回転ドアは、順番に』(全日出版/ちくま文庫)など共著も多数。最新刊は絵本『わたしのマントはぼうしつき』(絵・町田尚子/岩崎書店)。

枡野 浩一(ますの こういち)

枡野 浩一

1968年東京生まれ。
音楽ライター、コピーライターを経て、1997年『てのりくじら』(実業之日本社)他で歌人デビュー。
短歌小説『ショートソング』(集英社文庫)は小手川ゆあ作画で漫画化され、漫画版はアジア各国で翻訳されている。短歌入門『かんたん短歌の作り方』(ちくま文庫)など著書多数。
杉田協士監督の長編映画『ひかりの歌』に出演したほか、五反田団、FUKAIPRODUCE羽衣などの舞台出演経験も。最後に出した短歌作品集は2012年、杉田協士の撮り下ろし写真と組んだ『歌』(雷鳥社)。
昨今は目黒雅也の絵と組んだ絵本を続けて出版しており、最新作は内田かずひろの絵と組んだ童話集『みんなふつうで、みんなへん。』(あかね書房)。
ライターとして今回の座談会の構成も担当。

関連書籍

こちらあみ子

直子, 東

春原さんのリコーダー (ちくま文庫)

筑摩書房

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