朴沙羅

生活の練習、甘寧一番乗り、証拠集め

『言葉を失ったあとで』『ヘルシンキ 生活の練習』刊行記念

2021年12月11日、代官山蔦屋書店でのオンライントークイベントの書き起こしです。お互いの本の話から、子どものころ何を読んでいたか、原稿をどうやって書いているかまで、楽しいやりとりになりました。

上間
 沙羅さん、こんにちは。
 筑摩書房から、しかも同じ担当編集で二人とも本を出したということで、お話をすることになりました。今日は、光栄な機会をいただきました。よろしくお願いいたします。
 いま、沙羅さんどこにいるの?


 出オチで申し訳ないんですけど、11月なかばから帰省してました。蔦屋さんのツイッターで「沖縄とヘルシンキをおつなぎして」って書かれているのを見ながら、「うわー、私いるの上京区やねん」ってずっと思ってたんですよね。すみません!

上間
 背景に牛がいっぱい映ってるから……。


 そうそう、雰囲気だけでもね。これでね、うしろで灯油屋さんの音とか上京区の選挙カーが通ったらどうしようってドキドキしてました。今いるのは京都です。

上間
 じゃあ、今日は京都と沖縄からということで(笑)。
 事前にいくつかお題はいただいているんですが、本を読んだ感想をということなので。『ヘルシンキ 生活の練習』を先にいってみようかな。
 タイトルが絶妙だと思って。書きおろしで準備されてるとうかがっていたので、こういうタイトルになったんだなと思いました。
 ゲラの段階で読ませてもらってて、すごくおもしろかった。その日自宅に4時半くらいに帰ってきて、だいたい5時半くらいにごはんつくるんですけど、一気に読んで、止まんなくて困ったみたいなかんじでした。
 解放されるなあと思ったのは、異国にてスキルを練習している、そういう途上にあるということで。要するに、身につけようと思えば、スキルは身につけていけると。保育園での面談のところとか。

 それから、「クマがまだ練習する必要があると思うスキルはどれか?」と質問された。いや、だから、「これどれもスキルですか? 人格とか才能とかじゃないんですか?」と思いつつ「美を鑑賞する」と「チームワーク」はまだ難しいんじゃないですかねー、とカードを指した。
 アンナは「あら! そうですか。私はクマが落ち葉の音を楽しみ、葉っぱを太陽に透かせて眺めているのを見たことがあります。彼はおそらく、美を鑑賞するスキルを練習していますよ」と訂正された。そうだったのか。
 それから私が、「このスキル、私も練習できてないことが多いんですけど」と言ったら「これらのスキルはすべて、一歳から死ぬまで練習できることですよ」と指摘された。
(『ヘルシンキ 生活の練習』115-116ページ)

上間
 私は日本の保育園に子どもを通わせたんですね。いい保育園だったと思うけど、包括的な投入というのかな、全人格的な投入が求められて。あったかい部分ももちろんあるし、おもしろいところもあるんだけど、いろいろついてまわる。そこに母役割の自分が苦しめられているというのが、対比的にわかっていくというのかな。
 また、娘はいま小学校なんですけど、今度は包括的に子どもを見てもいないのに、学校の文脈のなかでのある現れ方に対して、それを包括的なこととして評価されるみたいな、すごい不当なことがいっぱいあるんですね。でも、そういう捉え方じゃなくていいなと。そこに救われるかんじがしました。
 あと、日本社会で生きるって、やっぱり恐怖ですよね。子育ての本とかフィンランド推しの本だと思って手にしたひとたちは、とっても怖いことが書かれている本だと思うだろうなって。


 どういうあたりですか、怖いっていうのは?

上間
 沙羅さんが小さいときから、どこのひとかというのを問われていたとか。「いつまでこのネタを引っ張らせる気や、日本社会は」って。
 そこで頭を抱えたっていうんですかね。もちろんそういうことを記録したものは読んでいたんだけど、沙羅さんの生活が立体的に書かれているから、なんて恐怖だろうって思いました。


 たぶん私だけじゃなくて、いわゆる外国にルーツがあると言われるひとたちって、みんなそう思ってると思うんですよね。私にとってはそれがずっと当たり前だし、そういう人はけっこういる。
 たぶんそういうことは起きないだろうけど、私がフィンランドに長く住んでフィンランド国籍をとっても、フィンランド生まれフィンランド育ちのひとから、フィンランド人とはみなされないだろうというのであれば、日本にいても韓国にいてもそうだなって思うんです。
 そういう場所は一生ない。でも、移民や移住をバックグラウンドにしてるひとって、みんなそうだと思うんです。

上間
 東京に出たときに私は、沖縄出身であることとか女性であることとか、その問題が初めてうわっと押し寄せてきたんですけど。
 そもそも研究の世界は、そういうことを排除には使わない領域ですよね。あるていど経てば処し方というのがわかったし、沖縄に帰ったので、そういうのが際立たなくなったというふうに思っています。だから、こんなちっちゃいときからこんなふうに、ずっと積み重なるものなんだなあって。
 あと、書いてるはしから自分をモニタリングするような書きぶりなのは、照れてるのかなって(笑)。照れ屋さん?


 照れ屋っていうか恥ずかしいです。
 論文って、自分の話をしないでいいじゃないですか? 先行研究を書き、ほかのひとが書いたりしゃべったりしたものを見たり聞いたりして、そこからわかることを書いて。それを積み重ねるとだいたい完成するので、自分のことを書かなくても論文は書ける。でも、これは研究じゃないので、すごい恥ずかしかったですね。

上間
 同級生とか、「エッセイ読んでる」って言われると、恥ずかしさってあるよね。


 さっきお昼食べてたら、高校の同級生から「ぱくちーん、読んでるよー」ってメール来て。「うわー!」って叫びました。私の癖として、書くところまではがんばるけど、読むひとがいるところまで想像できないんです。なので、すごい恥ずかしくなっちゃうんですよね。

上間
 お子さん二人連れて異国に行って。ユキちゃんって名前になっていますけど。ユキさんかな、なんかいいね。将来看護師になって政治家になるみたいな話とか、ちょっと泣いてしまうというか。


 まあいいことばっかり書いてますが、昨日もユキは九九が覚えられなくて、誰から言われてるわけでもないんですけど、自分のできなさにブチ切れていました。そういうときはだいたい、私と夫と二人で、どうしたらいいんだろうと途方に暮れます。

上間
 見てたら、ひとりで乗り越えていくの?


 その日のテンションにもよりますけど、夫が横にいると、絶対に「乗り越えるのを手伝え」みたいなかんじになりますね。できないことがあると、すごく自分に腹を立ててます。

上間
 子育てが手取り足取りではなくて、ひとりの人間なんだというのが貫かれてるよね、印税の話とか(笑)。


 びっくりしました。最初にこの本を書いてみようと思ったのは、いろいろおもしろい話を聞いたりおもしろい言葉を教えてもらったりするので、それをほかのひとにも教えたい、みたいなことだったんです。

上間
 「反射」とかすごいよね、「反射」(笑)? 牛の存在を喜ぶとかね。


 うちの近所に牧場があって、初夏になったら牛舎から牛が牧場に出てくるんですが、外に出られて喜ぶ牛を見に人々が牧場に集まってくるんですよね。意味わかんない。でも、そんなこと言って、私も1年たったら牛を見に行っちゃったんで。

上間
 そっか、フィンランドになじんで暮らしてるんですね(笑)。


 2020年の2月にヴィサさんに「反射させないと危険ですよ」と言われたダウンジャケットには、今年は、反射板が胸と腰についています。すっかり反射しています。これなら大丈夫。
 そういう、おもしろくてびっくりする話を伝えたいと思って、書くって娘に言ったら、次の日くらいに、「これ、使ったらいいよ」って今日自分が保育園で何をしたかの詳細な日記みたいなものを持ってきました(笑)。
 彼女はそのときまだ1年生だったので、点も丸もなくて、ぜんぶひらがなだし、読みにくいんですが、「ありがとう、これ使うわ」って言ったら、「じゃあ、子どもの話をするときは教えて」って言われました。だから、子どもが登場する箇所は家で音読して、これでいいですかって聞いてます。

上間
 そうなんだ。軍隊の話とか。


 そうです、それも。本人は、「そんなん言ったっけ?」みたいなかんじでしたけど。「嫌だったら消すけどどうする?」「いや、別にいいよ」みたいなやりとりでした。
 それで、確認したからには、印税の半額は私がもらうって言うんです。しっかりしてるなあ、でもあなた個人の口座はないし、あなたの弟の話も書いてるから、お金をもらったら半額を子ども二人の口座に入れて、配分はあとで相談してくださいって言いました。

上間
 すごい、賢いですね。大きな世界が見えてるんだなあって。


 子どもには子どもの世界がある、というのは、こっちに来ていろんなひとを見ながら感じるようになりました。子どもの世界に大人は入らない原則はありつつ、基本、子どもの意志は大人と同様にあるという扱いを先生方がしていて、それはいつもすごいなと思います。私はついつい、逆にしちゃいがちなので。

上間
 そうそう、あとすごい接待しちゃうもんね。接待しているのが正しいみたいな規範があるから、私はそれがすごく息苦しかったんだなと読んでわかった。


 私だったらつい子どものテンションを上げがちになっちゃう。そうしないのも逆に難しかったりするんですが。上間さん、お子さんといるときに、そういうときありますか?

上間
 私はすごい過保護なんですよ。だから、娘のことに関しては、何もかも心配。
 それに気づいて、もうちょっとみんなで育てるようにしないとやばいなというのがあったから、3歳くらいから保育園のメンバーで預かりっこしたり。それで、たくさんの子どもをみていたら、そんなに心配しなくてもいい、だいたい弱い子じゃないし、私が予想しているようなことにこだわっているわけでもないってわかった。


 ああー。

上間
 すべて先回りしてしまいそうになる自分を引くというのが、ずっと私のテーマなんだけど、でも、もっとあったかくほっとけばいいんだよなあって思って。このひとたちの世界で起きていることがあって。


 原稿をあげてから言われたことだったので、本では書けなかったんですけど、ネウボラのリータさんが「保護者は家のようなものなので。家はそこに住んでる人間のなかに入ってこないでしょう」って。そこにいて、疲れたら帰ってくるくらいでいいんです、みたいな。むっちゃ難しい……。

上間
 そうですね、帰ってくる場所があると思って生きていけるのが大事だと思います。そうだ、そろそろ私の本の話に……。

2022年1月19日更新

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朴 沙羅(ぱく さら)

朴 沙羅

1984年生まれ。専攻は社会学(ナショナリズム研究)。単著に『ヘルシンキ 生活の練習』、『家(チベ)の歴史を書く』(ともに筑摩書房)、『外国人をつくりだす――戦後日本における「密航」と入国管理制度の運用』(ナカニシヤ出版)、編著に『最強の社会調査入門』(ナカニシヤ出版)、訳書にポルテッリ『オーラルヒストリーとは何か』(水声社)がある。

上間 陽子(うえま ようこ)

上間 陽子

1972年、沖縄県生まれ。普天間基地の近くに住む。1990年代から2014年にかけて東京で、以降は沖縄で未成年の少女たちの支援・調査に携わる。2016年夏、うるま市の元海兵隊員・軍属による殺人事件をきっかけに沖縄の性暴力について書くことを決め、翌年『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)を刊行。沖縄での日々を描いた『海をあげる』(2020、筑摩書房)が、第7回沖縄書店大賞を受賞した。