筑摩選書

原始、女教師はフェミニストだった
『女教師たちの世界一周 ――小公女セーラからブラック・フェミニズムまで』はじめに

19世紀イギリスで、男子校にひけをとらない教育を行う教員養成のための女子校が生まれてから、女教師たちは女性の権利のために戦い、女性がよりよい教育を受けられるよう尽力してきました。 インドやカナダ、アフリカ、そして西インド諸島――。大英帝国にイギリス式女子教育を広める冒険の旅の光と影を描く『女教師たちの世界一周』より、「はじめに」を公開します。

本書の概要
 『女教師世界一周』とは、また、ずいぶんユニークなタイトルだと思われたかもしれない。サブタイトルは、たいていタイトルの分かりにくさを補ってくれるものだが、「小公女セーラからブラック・フェミニズムまで」とある。セーラは知っていても、ブラック・フェミニズムとどうつながるのか、小公女を起点に女教師が世界一周して、ブラック・フェミニズムに帰着するとは、いったい? 
 『小公女』の舞台がロンドンであることから、本書は19世紀半ばのイギリスから出発し、途中、インド、カナダ、アフリカ、西インド諸島を経由して、現代のイギリスに戻ってくる。全部で5つある章の中には、実在の人物もフィクションのキャラクターも両方登場する。読者の皆さんには、イギリス人女性が教育を受けて教職につくまでの道のりと、その後、活動場所を求めて移動する彼女たちの旅とに、伴走していただくことになる。
移動途中では、『ジェイン・エア』の主人公ジェインの受けた悲惨な学校体験、セーラを教えたミンチン先生の学校経営手腕の有無、「赤毛のアン」の教師経験、推理小説『学寮祭の夜』に登場する超高学歴女教師たちの動揺など、フィクションの中の女教師たちの、これまであまり注目されてこなかった一面が見えるだろう。一方、実在の女性たちとしては、ミンチン先生とほぼ同世代で、それまで中産階級以上の男子しか受けられなかった高水準の教育を受け、教職に就く者が現れる。彼女たちは、女性の職域がほぼ教職に限られていた時代に、活動の場を「イギリス帝国」に求め、海を渡ってキャリアを積んでは、本国にその経験を伝え、さらなる女子教育の向上へとエネルギーを注いでいった。19世紀後半の植民地インド、20世紀初頭の自治領カナダ、両大戦間期の支配地域アフリカ、カリブ海西インド植民地で、イギリス女教師たちが、現地生まれの女教師や女生徒とどのような交流をしたのかにも、ぜひ注目していただきたい。

 第1章は、19世紀半ばにシャーロット・ブロンテによって書かれた『ジェイン・エア』と、20世紀初頭に刊行されたフランシス・バーネットによる『小公女』を取り上げている。それぞれの著者ブロンテとバーネット、この二人の女学校体験が投影された作中の場面を追いつつ、2作品出版のちょうど間に挟まれた時期に出現した「英国史上初の高学歴女教師」誕生のいきさつを、産業革命の過程で出現する、ミドルクラスという新しい富裕層誕生の歴史にも照らし合わせて描いている。
 第2章は、イギリスに誕生した「ミドルクラス男子並み」の本格的女学校開学のその後を追う。一握りの少女たち向けとはいえ、これまでにない高度な女子教育の実現が可能になった背景に、19世紀半ばのイギリス・フェミニストたちの活躍があったことがわかるだろう。ミドルクラス女子に許容される職業など、教職のほかはほぼゼロだった時代に、当時の最高の教育を受けた若い女性が、イギリスを飛び出しインドやカナダにキャリアを求めた旅の顛末を、カナダ生まれの英系白人、『赤毛のアン』のアン・シャーリーの教職体験とも比較しながら描いている。
 第3章では、旅に出た女教師たちに、いったんイギリスに戻ってきてもらう。19世紀後半から確実に歩みを進めてきた女子教育の発展が、第一次世界大戦前後には最高潮に達する。女校長以下オール女教師の指導のもと、女生徒たちは、学力だけでなく、それまでの富裕層女子とは異なるたくましさを身に着けた。教育だけではない。政治参加も女性に開かれる。「第1波フェミニズム」と後に呼ばれる女性解放運動の実りの時代である。だが、進歩には反動がつきものだ。推理小説『学寮祭の夜』を挿入しつつ、女性史のなかでもあまりクローズアップされてこなかった1920年代のフェミニズムへのバッシングを詳しく見たい。当時の「わきまえない女たち」への男性中心社会による凄まじい攻撃を、今日、女性の声の高まりに向けられる批判と比較しつつ読んでいただけるとうれしい。
 第4章は、前章でみた、「出る杭」に向けられた尋常ならざる攻撃を女教師たちがどうかわし、フェミニズム・バッシングで閉塞させられた本国から出て、彼女たちの高度な女子教育をどこで実践するか、その試行錯誤のプロセスを扱う。第一次大戦後のアフリカにおけるイギリス勢力地域で、百戦錬磨のベテラン女教師たちが、母国の植民地支配体制をバックに、「イギリス型女子教育」をどう実現させようとしていたのか。読者は、彼女たちの壮大な計画と野心を見ることになる。また、同じく非白人「臣民」の占めるカリブ海西インド植民地におけるイギリス型女子教育が、現地生まれの少女たちに与えた影響も明らかになる。またこの章では、植民地支配の歴史的産物である「植民地生まれの英系白人」という微妙な立場を、ドミニカ島生まれの作家ジーン・リースがイギリスで受けた女子教育体験を通して紹介している。
 最後の第5章では、主人公が、イギリス白人女教師から「ブラックの少女」と「ブラック女教師」へと交代する。第二次世界大戦を経て衰退のスピードが著しくなった「大英帝国」領内から、植民地の教育を受けたブラック少女たちが、労働移民として本国が招き入れた親世代とともに、海を渡ってやって来るところから始まる。「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれる西インド移民を親に持つ2世たちは、1950~60年代にかけて、「ブラック」という理由で酷い差別や排除を、学校生活のなかで経験する。教育を通して励まされることなど望むべくもなかったかに思えた1人のブラック女生徒が、イギリスの階級の壁にはじかれながらも教職についた女教師たちの応援を受け、ブラック・コミュニティで女教師となる。彼女の旅は、そこでは終わらず、故郷ジャマイカでの教育実践へと続く。

 およそ150年にわたる女教師たちによる世界一周の旅から、彼女たちが克服してきたもの、克服し残したが、肌の色の異なる女教師が代わってやり遂げたもの、それらを追っていく過程で、女性史やフェミニズムに内在した人種主義や帝国主義など、「男女平等への歴史」のうち、これまであまり光の当たってこなかった側面を読者の皆さんと共有できたら。筆者はひそかにそう願っている。とはいえ、固いことはそこそこにして、イギリス女教師たちの世界一周にどうかゆったりおつきあいください。

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