ちくま新書

「おつかれさま」を英語で言うと、”Thank you for your hard work.”?
『シンプルで伝わる英語表現 ――日本語との発想の違いから学ぶ』「まえがき」

日本では、仕事を終わって帰るとき「おつかれさま、お先に失礼します」という挨拶をすることが多いですが、英語で表現すると、”See you tomorrow.” が最も適切です。ここには、日本と英語圏の文化の違い、働き方の違い、価値観の違いが感じられますね。この本では、こういった「言えそうで言えない」英語表現をクイズ形式で取り上げて、自然に異文化を知り、シンプルで伝わる英語を学べるように工夫しています。時折出てくるコジマコウヨウさんの、ウイットに富んだイラストもお楽しみください。

まえがき

 一日の長い仕事が終わりました。デスクを整理して、パソコンの電源を落とし、帰り支度をし、同僚に「おつかれさまです」とか「お先に失礼します」と言ってオフィスを離れます。
 それでは、質問です。英語で「お先に失礼します」はどのように言えばよいでしょうか? いきなり言われてもすぐには出てこない、そのような方にヒントを示せないだろうかと考えながら、この本を書きました。
 ちょっとした時に「言えそうで言えない」、でも「知っておいたほうがいい」という表現を中心に学べるように工夫しました。クイズ形式で気軽に取り組み、解説を読み進めていくうちに、英語を話している人たちと、日本語を話している人たちの発想法の違いに気がつくことができるように、配慮しました。
 それでは、話を戻しましょう。皆さんは「おつかれさまです。お先に失礼します」という日本語を英語にしようとする時どのように考えますか? You are tired.I’m sorry. I’m leaving. と言って颯爽と部屋を出て行っても、残された同僚たちはきっと困ってしまいます。日本語をそのまま英語に置き換えてしまったからです。
 仕事を終えて帰る時、黙って帰る人はいません。何か言わなければなりません。この表現が日本語と英語では異なるのです。日本語では、同僚に気遣いを示して「おつかれさまでした」や「お先に失礼します」という表現が好まれます。一方、英語では「また明日会いましょう」、すなわちSee you tomorrow. がよく使われます。このように「この場面・状況ならどんな表現がふさわしいか」「ここで伝えなければならない最低限の情報は何か」を考えながら、それぞれの言語文化の違いに着目し、シンプルで伝わる英語表現を一緒に考えましょう。
「おつかれさまでした」を機械翻訳で確認してみると、Thank you for your hard work. と出てきました。この表現は「一生懸命働いてくれてありがとう」という意味で努力をした人に対して労をねぎらう表現です。
 しかし、私たちが会社を出る時に言ったり、社内で同僚とすれ違った時に使う「お疲れ様でした」とはニュアンスが異なります。英語と日本語では背景となる文化や発送が異なるため、英語としては正しいのに、場面や状況にはふさわしくない表現になってしまうことがあります。
 AI を使った機械翻訳の精度は高まっており、とっても便利なのですが、そこに示された翻訳が正しいかどうか判断できなければ、知らず知らずのうちにとんでもない過ちを犯してしまう危険があります。ですので、私たちは一歩一歩、英語らしい表現について日本語と比較しながら、理解を深めていく必要があります。そうすれば、適切な表現も身につき、さらには機械翻訳の誤りも指摘できるようになります。
〈ことば〉と〈文化〉、そこに暮らす人々の生活様式は密接に結びついています。そのため、外国語を学習する際には、文化的な背景や、人々の物事の捉え方や表現の仕方を合わせて学んでいくと、より深い理解につながっていきます。外国語を通じて〈異文化〉を知る、そして学んだ外国語を使って異文化でのコミュニケーションを楽しむ、そんな学習があってもいいのではないだろうかと思っています。
〈ことば〉を通して異文化を知るという発想を大切にし、共著者のジェフリー・トランブリーさんと議論を交わしながら、一つ一つ吟味して解説を書きました。
 トランブリーさんは日本で長く英語教育に携わっており、日本人に共通して見られる英語の誤りについて、数多くの知見を有しておられます。その知見をベースに私たちが間違えやすい文法や表現に加え、日本語の発想法とは異なる英語らしい表現を選定しました。
 こうした表現がどのような場面で用いられるのかについて、私、倉林が言語学的な観点から専門用語を使わずに、なるべく一般化できるように解説を加えていきました。「ああ、なるほど、こういう時にはこんな表現にすればいいのね」と思ってもらえるよう、一つでもみなさんのお役に立てればと思っています。

 本書の執筆に伴い、以下の文献や辞書を参考にしました。
【主に参照した文法書】
安藤貞雄『現代英文法講義』(開拓社)
江川泰一郎『英文法解説』(金子書房)
田中茂範『表現英文法』(コスモピア)
Leech, Geoffrey N. Meaning and the English Verb
(Addison-Wesley Longman)
【主に参照した辞書】
『ウィズダム英和辞典』(三省堂)
『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店)
『新英和大辞典』(研究社)
『コンパスローズ英和辞典』(研究社)
Longman Dictionary of Contemporary English
(Pearson Japan)
Oxford Collocations Dictionary For Students of
English(Oxford University Press)

 辞書や文法書には、先人たちの叡智が詰め込まれています。もしお手元に辞書がありましたら、本書の中に出てきた単語を調べ、その語がどのように使われているのか、語義だけではなく例文も含めてじっくり読んでください。きっと、英語の表現が頭に入ってくると思います。
 それでは、シンプルで伝わる英語の表現を一緒に学んでいきましょう!

2022年盛夏 倉林 秀男 
 

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