ちくま新書

珠玉の「神本」!
沖田瑞穂『世界の神々100』書評

世界の神話に登場する主要な神々100神を集結させ、比較・解説した沖田瑞穂さんの新著『世界の神々100』。「どの神もキャラが立っている」と、個性的で多様な神々を基点として人類史も学べると読みといてくださった作家・古市憲寿さんによる書評を、『ちくま』2月号より転載します。

八百万の神という言葉がある。日本には数多くの神がいるという文脈で使われるが、実は世界にもあまたの神様がいる。当たり前の話で、人類は歴史の中で数多くの神を生み出してきた。宗教ごと、神話ごとに様々な神が存在する。

そんな時代も土地もバラバラの神を一挙に集結させたのが、沖田瑞穂さんの『世界の神々100』である。世界の神話に登場する主要な100神を紹介した本なのだが、圧巻の内容だった。神とはこれほどに多様で、興味深い存在なのかとうならされた。

神々を知ることは、世界を知ることでもある。人工衛星で地球の姿を撮影できず、ゲノム解析で進化史をたどれなかった時代、人々はどのように世界を把握していたのか。科学的な「正解」がない分だけ、現代人でも驚くような世界がそこにはある。

たとえばインドのヴィシュヌ神。何と世界そのものがヴィシュヌ神の中に存在している、という神話があるらしい。神の体内には月や太陽、川や海はもちろん、神々や人々もいる。つまり我々が生きる世界こそが神の体内かも知れないというのだ。

一方で、働く神様もいる。北欧神話の主神オーディンは、誰もが詩人になれるという「詩人の蜜酒」が欲しかった。そのために半年間、巨人のもとで働いたのだという。またオーディンは、知恵の泉からの水を飲むために、担保として自分の片目を差し出している。教養を得るのに犠牲をいとわない神なのだ。

「お国柄」ならぬ「お神柄」というか、それぞれの神には地域性や時代性が宿っているように思う。

もちろん『世界の神々100』には、日本の神も登場する。いわゆる「日本の神話」みたいな本や教科書と違うのは、沖田さんが世界中の神話に精通した学者であること。つまり比較神話学的な視点を盛り込んで解説してくれるのだ。

たとえば日本神界の最高女神はアマテラスだが、最高神が女神というのは珍しいことなのだという。ギリシアのゼウス、北欧のオーディン、メソポタミアのマルドゥクといったように、世界の神話に登場する最高神はまず男神である。だがアマテラスは最高神になる代わりに失ったものがあるらしい。それは、いわゆる「女性らしさ」。父神のみから生まれ、自身は処女のまま母となった。男装して武装することもある。つまりアマテラスは、性から超越した存在として描かれているのだ。

本書で「死神」として登場するイザナミは、「生」と「死」を引き受ける女神だ。夫イザナキと共に日本の国土と神々を生んだが、女性器を焼かれて死んでしまう。その後、黄泉の国へ行くのだが、死んだ自分を追いかけてくれたイザナキを追い返す。この死んだ配偶者を蘇らせるために冥界を訪れる話は「オルペウス型」と呼ばれるくらい、世界各地に存在するのだという。面白いのは、生き返りに成功するパターンもあるということ。もしも日本神話がそうだったらなど、想像は膨らむ。

それにしても、どの神もキャラが立っている。というか、キャラが立っているから神話の中で生き残ってこられたのだろう(たとえば一万年後、今の科学文明が滅んでしまっても、人類が生き残っていれば、ドラえもんや島耕作、ルフィあたりが神として未来人に崇められているかも知れない)。

僕は、沖田さんにも登場してもらった『謎とき 世界の宗教・神話』(講談社現代新書)という本を出すくらいには宗教や神話には興味があるのだが、実のところ宗教書や神話を読むのが苦手だ。ストーリーラインには矛盾が多いし、起承転結がはっきりした話ばかりでもない。だが『世界の神々100』を読んで気付いたのは、キャラの強い神様を起点にすれば、一気に神話はわかりやすくなるということ。特にこの本では、各神(という言葉はあるのだろうか)のことが数ページで簡潔に説明されているから、気軽にページをめくっているだけで、世界の神はもちろんのこと、神話や神話学、そして歴史にも詳しくなっていく。

推し神様を見つけるもよし、創作や企画のヒントにもよし。神話のみならず人類史の入門書としても珠玉の「神本」である。

関連書籍

沖田 瑞穂

世界の神々100 (ちくま新書, 1774)

筑摩書房

¥1,034

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