人生がときめく知の技法

第8回 人間の諸能力について、考える

 

吉川 前回は、エピクテトス先生におでまし願いました。

山本 突然ご降臨なさって驚いたね。

吉川 それで悩み相談をしたのでした。

山本 「上司にムカつく30代男性の相談に答える」っていうね。

吉川 これ、相談者も相談者だと思ったけど、先生も先生で……。

山本 相談に乗るというよりも、お説教しているみたいだったね。

吉川 いわれてみれば、『人生談義』にはそういう展開が多い。

山本 さすが哲学者というべきか、悩みを生みだした条件や状況に目を向けて、再検討していくというスタイル。

吉川 自分がとらわれた悩みそのものを、対症療法でなんとかするのではなく──ときにそれも必要だし有効だけれど──、そもそもどうしてそんな悩みが生まれたんだっけと、足元を見直してみるわけだ。

山本 というわけで、再びエピクテトス先生の教えの検討に戻ろうか。

吉川 そうしよう。

 

■「自分自身を考察するもの」とは?

山本 どこから続ければいいかな。権内と権外の区別についてはすでに議論したよね。

吉川 前回の終わりで触れた「理性」についてがいいんじゃないかな。

山本 そもそもどうしてここで理性が顔を出すんだっけ。

吉川 その件については、『人生談義』に収録の『語録』冒頭に立ち戻る必要があるね。

山本 ええと、『語録』の巻頭には、邦訳で「われわれの権内にあるものとわれわれの権内にないもの」と題した章がおかれている。

吉川 さっそくここで権内/権外という最重要概念が説明されるんだよね。

山本 でも、ちょっと唐突に話が始まる感じで。

吉川 そうそう。いきなり人間がもっている諸能力について検討される。

山本 読んでみようか。最初の一文はこんなふうに始まる。

 

「他の諸能力のうちどれ一つとして、自分自身を考察するものでないこと、従って自分自身を是認したり、否認したりするものでないことを諸君は発見するだろう。」(★1

 

吉川 それに続いて具体例として、読み書きの能力とか音楽の能力が例に挙げられているね。

山本 いまなら、車を運転する能力とか、プログラミング能力とかも入るのかな。コミュ力とか女子力とかいう怪しげな能力も話題になるね。

吉川 人によっていろいろな能力がある。

山本 「吉川くんは、卓球が得意なフレンズなんだね!」みたいな。

吉川 ちょっとなに言ってるかわからない。

山本 そうか。ところで先ほど読んだ冒頭部分は、ちょっとややこしいよね。

吉川 うん、たしかに。言い回しが。

山本 人にはいろんな能力があるけれど、ほとんどの能力は「自分自身を考察するものでない」と。

吉川 なぜそんなことを先生は言い出したのか。

山本 それが問題だね。ちょっと詳しくみていこう。

吉川 うん。

 

■ 「理性的能力」の登場

山本 例えば、読み書きの能力――そうだね、話を簡単にするために書く能力としておこうか。書く能力というのは、たくさんある文字を区別して、ペンやなにかで実際に文字を書けることだ。

吉川 その書く能力は、「自分自身を考察するものではない」というのが先生の主張。

山本 これだけだと、まだなにを言おうとしているのか分かりづらいね。

吉川 具体例を聞くと腑に落ちるかも。

山本 じゃあ、こんなふうに考えてみよう。友人に手紙を書く場合。メッセンジャーやメールでもいいんだけど

吉川 LINEでもいい。

山本 伝えたい内容を表現するには、書く能力が役に立つ。というか、この能力がないと相手にものを伝えることができないよね。

吉川 うん。

山本 この能力のおかげで、ペンやキーボードを操作し、紙やディスプレイに文字を書きつけることができる。

吉川 スタンプを押すのでもいい。

山本 でも、この能力は、友人になにを書くべきかについては教えてくれない。そもそも手紙を書くべきか、書かずにおくべきかについても。

吉川 たしかに、それはものを書く以前の問題だもんね。

山本 じゃあ、いったいぜんたい、なにを書くべきか、あるいは、書くべきか書かざるべきかを判断する能力はなんなのか。

吉川 それこそが「理性的能力」である、というわけだ。

山本 そう。そこで理性が登場する。

 

1――エピクテートス『人生談義(上)』(鹿野治助訳、岩波文庫、1958)、14ページ。

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