今回刊行する『モチーフで読む美術史2』は、前著『モチーフで読む美術史』と同じく、美術に登場するさまざまなモチーフを紹介し、具体的な作品によってその意味を探るものである。前著は幸いなことに、多くの読者を得て増刷を重ねることができた。さらに光栄なことに、韓国、台湾、中国で翻訳されて出版されることになっている。
前著ではひとつのモチーフに二~三点しか図版がなかったが、今回は図版をより増やして文章量も増やし、より充実した内容となっており、選りすぐった五十点のモチーフを通じて古今東西の美術を紹介するものである。
たとえば、冒頭のモチーフ「蠅」は、西洋美術にしばしば蠅が描かれることを紹介している。本物の蠅が絵の表面にとまっているように見せかけて人をだます仕掛けであった(次頁図参照)。このような事例は古代から数多く記録されており、中国にも、うっかり紙に落とした墨の点を修正して見事な蠅に変えた画家の伝承があった。欧米の美術館を飾っている名作にも、画面の片隅に蠅が描かれているものは実に多いのだ。人間にとって嫌われものの蠅が、実は古今東西を問わずさかんに描かれてきたことを多くの図版によって紹介している。
このように、美術の世界では、意外なモチーフがさかんに表現されたり、また描かれてもよさそうなのになぜかほとんど描かれなかったりするものがある。地域や時代によって大きく異なるが、共通するモチーフも多い。蠅のように、東西で共通する役割を果たしたモチーフもあれば、一角獣のように西洋固有のモチーフや、桜のように日本特有のモチーフもある。
こうした観点から、象、狼、亀、栗鼠、鸚鵡といった動物を取り上げ、松や桜、オリーブやナツメヤシといった植物や果物、また、扇や傘、眼鏡や楽器、骰子やトランプといった小道具が作品の中でどのような役割や意味をもっているのか、さらに、風や雨、雲や雪がどのように表現されてきたのかを、東西の名作を通して考えてみた。
とはいえ、辞書のような体系的なものではなく、長年、世界中で様々な美術作品を見て考えてきた私が思いつくままにとりあげたものにすぎないが、それぞれの項目が読み物としても完結するものにした。
一見すると前著よりも珍しいモチーフも多いが、いずれも美術に頻出するモチーフであり、知っていれば美術を見るときに楽しめるにちがいない。美術を見るということは、感性だけの営為ではなく、非常に知的な行為なのだ。知識があればあるほど作品の意味や機能、作者や注文者の意図がわかって楽しめる。知識があって鑑賞の邪魔になることはありえない。
日本の学校教育の中には、美術作品をどのように見るか教える美術史という科目がないため、美術というものは好き嫌いで見ればよく、色や形の美しさを感じるだけでよいという誤解が社会に蔓延している。美術とはそのような趣味的な対象ではなく、文字と同じく、知性に働きかけるものでもある。そして、政治経済と深く関わり、人間の本性を反映するものであった。社会の中心に位置するもっとも重要な文化のひとつなのである。
本書は、そうした美術の広大で深遠な世界の魅力の一端を紹介するものであり、気軽にその魅力にアプローチできる入門書となっている。ここで取り上げたモチーフ以外にも、自分でお気に入りのモチーフを見つけて注目するようになれば、美術鑑賞の楽しみも倍増するにちがいない。前著をご覧くださった方はもちろん、この本から入っていただくのも大歓迎である。本書を契機に、美術に興味を持って美術館に行っていただければ幸いである。