ちくま文庫

文人画として愉しむチャペック

 カレル・チャペックが描く絵が好きだ。私は昔からなぜか、この手の文人画が大好きなのだ。
 というと語弊があるかもしれない。私の場合、どう呼んでいいかわからないから、勝手に自分だけの呼称として「文人画」と言っているだけのことだから。
 文人画を辞書で調べると、もともとは、中国の概念で、盛唐の絵画もよくした詩人・王維が祖とされていて、北宋以降、盛んになったものだそう。文人画とは、中国の文人、官僚などの素人が余技的に描いた絵画のことなのだ。
 日本では、江戸時代中期以降に盛んになったそうで、文人画の代表格には、与謝蕪村、池大雅、谷文晁、渡辺崋山などが数えられる。
 けれども私は、王維や与謝蕪村が大好きだと言っているわけではない。私が勝手に「文人画」だと呼称して好きだ、好きだと言っているのは、たとえばこんな面々だ。
 『あしながおじさん』のジーン・ウェブスター
 『おてんばルル』のイヴ・サンローラン
 『ソロモンの指環』のコンラート・ローレンツ
 『たのしいムーミン一家』のトーベ・ヤンソン
 『ピーターラビット』のビアトリクス・ポター
 そして、『不思議の国のアリス』のルイス・キャロルもじつは自作の詩やクイズにずいぶん挿絵をつけている。
 日本人で挙げるならこんな方々。雑誌編集者の故・花森安治さんが『暮しの手帖』で、メディアクリエイターの佐藤雅彦さんが『プチ哲学』で、建築家の中村好文さんが『普段着の住宅術』で、自分と同業者でいえば、料理研究家の堀井和子さんが数多くの素敵な自著で、自ら筆をとり、すばらしい「文人画」を披露している。
 カレル・チャペックは、確実にこの系譜に分類されるひとなのである。あくまで私の脳内の話ではあるが。
 というわけで「脳内文人画」の定義は、職業画家ではなく、文筆家や学者など自分の専門分野が別にちゃんとある人物が、文章を書いたとき、なんらかの理由で補足を込めて描き添えたイラストが、公的に出版されるときにも使われてしまい、じつはそれがどんな優秀なイラストレーターが描くよりも自著にしっくりと寄り添う結果となった、というような経緯のものである。それも派手な彩色画ではなく、当初はこれ、文章を補足するための落書きだったんですよ、という風情をどこか滲ませたもの、万年筆や鉛筆で描かれた線画主体のものが望ましいのだ。
 チャペックは、これにぴったり当てはまる。何気ないことのように思えるが、奇跡に近いことなのだ。他に卓越した才能を持つひとが、そのうえ画才も備えていたなんていう確率は、じつはとても低い。そんなわけで、「自分挿絵」本は、客観的に見たら、誰かちゃんとしたイラストレーターに頼めばよかったんじゃないの? という無惨な結果に陥っているものが多い。チャペックは、神から文才と画才という、ふたつの天恵を受けた希有な作家なのである。
 今回、チャペックの旅行記がちくま文庫から刊行される。イギリス、チェコスロヴァキア、スペインという3巻シリーズである。中でも『スペイン旅行記』は、のっけから、列車についての文句をチャペック流にぶちかまし、笑いを誘う。そして、スペイン絵画の巨匠であるベラスケスやエル・グレコ、ゴヤに対する評論は圧巻だ。それに添えられた挿絵は、絵画を鑑賞するチャペック自身だったりして、ユーモラスであることこの上ない。まさに「文人画」の面目躍如である。また、寒い東欧の国、チェコスロヴァキアからはるばるやってきたこの作家が、南国の植物や建物、美しい女性、闘牛に興味津々な様子もすべて挿絵から見て取れるレイアウトになっている。
 とにかくチャペックの絵がふんだんに楽しめるのはうれしい。それに文庫サイズは彼の絵と相性がいいのだ。ちょうどいい大きさで挿絵を鑑賞することができるから。旅行の道連れにおすすめのシリーズである

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