PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

影のない時代にさらされて
世界から遠く離れたこのセカイで・2

PR誌「ちくま」9月号よりさやわかさんのエッセイを掲載します

 ポピュラー音楽の話。日本のサブカルチャー界隈ではここしばらく、ヒップホップが流行っていると言われている。しかし僕はこの説が嫌いだ。
 なぜなら、いま世界的に流行しているのはヒップホップではなく、R&Bだからである。ヒップホップはR&Bの一大潮流の中で、いわば間借りしてるような形で、活況を見せているにすぎないのではないか。
 何のこっちゃわからん、という読者もいるだろう。たしかに音楽ジャンルの話はややこしい。以下で説明できるだろうか。
 まず、ごく簡単に言うとかつてR&Bというのは、リズム・アンド・ブルースという黒人音楽を略した言葉だった。しかし特に九〇年代からはリズム感の洗練された楽曲やボーカルを活かした黒人音楽を全般的にR&Bと呼ぶようになる。そして近年、この楽曲の洗練性は電子音楽なんかの先進志向と結びついて、今やR&Bはポピュラー音楽全般をカバーしながらその最先端をいくようになっている、というわけだ。
 ヒップホップも黒人音楽だから、当然いまのR&Bの傘の下にある。だから先進的なヒップホップの楽曲は続々と生み出されているけれど、それは純粋にヒップホップというジャンルを代表するものとは言えなくなりつつある。
 日本では、そういう理解はなかなか根付かない。R&Bを聴いていないのかもしれない。しかしヒップホップ発祥の地であるアメリカの音楽状況を理解している人でも、「ヒップホップはともかくラップは流行っているじゃないか」と言ったりする。でも、話はそんなに小さくは見積もれないはずだ。つまり、今や世界的には、R&Bの曲中でラップをやっている音楽が多い、という表現の方が正しいんじゃないのか。
 たとえばイギリスにはグライムという音楽ジャンルがある。これはざっくり言えば電子音楽系のダンスミュージックの上でラップをする、というものだ。とても人気があって、今年はストームジーというアーティストのデビュー・アルバム『Gang Signs&Prayer』が、グライム系のアルバムでは初の全英一位となった。演者たちは、誇りを持って自らをラッパーではなくグライム・アーティストだと考えている。
「今はヒップホップが流行っている」「ラップが流行っている」という見方だと、グライムみたいな音楽のこともその狭い枠組みに収めてしまうことになる。R&Bが流行っているのに、ラップが流行っていると強弁してしまうのと同じことだ。たとえ近しいジャンルでも、ルーツが同じでも、既に別のものとして、より広い視野で、考えるべきじゃないのか。
 かつては「起源であるアメリカ」と比較する形で日本でのラップの流行を語ることは、セルフ・アイデンティティを重視するヒップホップという音楽ではよくあった。しかしそれは既にグローバルな状況にそぐわない、狭いものの見方だと言わざるを得ない。かつてのようにアメリカが欧米社会の象徴としてあり、そこからの距離感で日本を考えればいい時代は終わったのだ。トランプ政権とそれに対する諸外国の反応だって、それを物語っているはずだ。
 僕たちは「アメリカの影」の次を考えなければいけない。しかし「影」だからこそなのか、僕たちはいつまでもそれにとらわれてしまう。文化の捉え方ひとつでも、慣れ親しんだ近視眼で見たがってしまう。僕にはそれがいらだたしい。

 

PR誌「ちくま」9月号