ちくま新書

世界は意味と価値のモザイク

日本のドラッグストアが中国人観光客に人気のわけは? インドネシアでポカリスエットが大人気に? 台湾の吉野家にカウンターがない理由は? 日本企業のアジア進出の成功と失敗の豊富な実例から、アジア市場の論理が見えてくる! 9月刊『消費大陸アジア』の序章を公開します。

消費を共有するアジア

 最近アジア各地の街角で、馴染みのある看板を目にする機会が増えてきた。日本のコンビニ、100円ショップ、ラーメン屋、カレー屋はもとより学習塾や理容店まで、「こんなところに?」と驚く場面が増えている。一方で、日本でアジアからの観光客を目にする機会も増えつつある。行きつけの店のカウンターに、アジアからの観光客が混じる光景も珍しくなくなった。

 日本人とアジアの人々が国境を越えて「消費を共有する」時代がやってきているのだ。しかし、その分、素朴な疑問も増えてきている。アジアからの観光客を見ていると、「なぜこんなところに集まってきているのか?」「なぜこんなものを買うのか?」「本当にうまいと思っているのか?」と首をかしげることが多い。しかし、たぶんアジアを訪れる日本人観光客も、現地の人たちからは同じように思われているに違いない。「なぜ日本人はこんなものを買うのか?」「なぜこんなものに高いお金を払うのか?」と。

 つまり、国境を越えた消費の共有は急速に進みつつあるが、その消費の場でやりとりされているモノゴトの意味づけや価値づけに目を向けると、そこには相互にかなりのギャップがあることがうかがえる。

 本書は、まさにこの国境を隔てた意味と価値のギャップに着目して、そこからアジア市場の読み解き方を探ろうとする試みである。なお、便宜上、本書で「アジア」という場合は、原則として日本は含んでいないことに留意いただきたい。

膨らみ深まる企業の悩み 
 
さて、最近の日本企業のアジア進出を見ていると、ずいぶんハードルが下がったなと感じることが多い。まだ数店舗しかない近所のラーメン店が当たり前のように香港やシンガポールに新店を出すかと思えば、いきつけの居酒屋の店主から「この間、ベトナムを下見してきました」という話を切り出される。そこには、かつての海外進出が持っていた勇ましさや特別感は感じられない。海外の消費市場は大企業の独占物ではないことがはっきりしてきたのである。
 しかし、華々しいアジア進出の話とは裏腹に、現地で思うような成果を出せていない企業も多く見られる。それは大手企業しかり、零細企業しかりである。そもそも、海外の消費者の心をつかむことはそんなに簡単なことではない。いくら所得が上昇したからといっても、いくら富裕層や中間層が増えたからといっても、彼らはどんなものでも買ってくれるわけではない。そのことはアジアの中でも所得が非常に高いわれわれ日本人の消費行動を見れば容易に理解できる話である。
 アジアの人々は何に価値を感じるのか、どんなものが魅力的に映るのか、どうすれば彼らの心を捉えて購買に結び付けられるのか、その悩みはアジア市場に進出する大メーカーからラーメン店に至るまで共通したものとなっている。さらには、アジアからの訪日客を迎えようとする多くの自治体や観光関連業者にとっても、その悩みは大きくなる一方である。

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