佐藤文香のネオ歳時記

第30回「マヌルネコ」「ハンドクリーム」【冬】

「ダークマター」「ビットコイン」「線状降水帯」etc.ぞくぞく新語が現れる現代、俳句にしようとも「これって季語? いつの?」と悩んで夜も眠れぬ諸姉諸兄のためにひとりの俳人がいま立ち上がる!! 佐藤文香が生まれたてほやほや、あるいは新たな意味が付与された言葉たちを作例とともにやさしく歳時記へとガイドします。

【季節・冬 分類・動物】
マヌルネコ

 マヌルネコはイランなど大陸に野生で生息しているネコ科の動物。準絶滅危惧種である。「マヌル」とはモンゴル語で「小さい野生の猫」という意味だそうだが、一般的なイエネコと比べれば少し大きい。毛が長く、とても密に生えているので、手足のすらっとした猫らしさがなく、ずんぐりとした体つきだ。他の猫と比べて目の位置が高く、耳が横の方についているので面白い顔になっている。NHK「ダーウィンが来た!」などで得た情報によれば、その顔のつくりによって、岩陰に隠れて周囲の様子をうかがうことができ、天敵から身を守りやすいようだ。それでいて表情はりりしい。
 とにかくマヌルネコは冬毛がすごい。毛だけでなく、体脂肪も冬に随分増えるという。人間ふくめ他の動物も多くは冬にふっくら毛深くなりがちだが、マヌルネコは本来冬を雪の中で過ごす生き物なので、とくに保温性にすぐれた体となる。というわけで、ネオ季語としては冬に分類した。冬の季語「竃猫(かまどねこ)」や「炬燵猫」など、あたたかいところで過ごそうとする家猫の甘っちょろさとは対照的である。
 マヌルネコを愛するようになってどれくらい経っただろうか。そもそも私は、「猫は大きい方がかわいい」というとがった考えの持ち主なので、見た瞬間からこの太い手足が気に入っていた。さらにマヌルネコという音が大好き。濁音ではない有声子音がm,n,r,nと続くことで、存在の妙がぬめり光る。
 9月には那須どうぶつ王国へ行ってきた。春にマヌルネコの赤ちゃんが生まれ、夏に展示が始まったたからである。マヌルネコは雑菌が少ない高地の生き物で感染症に弱く、人工的な繁殖は難しいそうだが(「那須どうぶつ王国ウェブサイト」より)、7頭生まれたうち2頭が生き残り、すくすく育っていた。ぬいぐるみのようにもふもふとした体つきとはいえ動きは機敏で、子猫たちのじゃれあう様子は王国内でも一番人気。展示は外からと売店側から見られるようになっており、私はその日外から2回、売店側から2回見た。もちろん大人のマヌルネコも精悍でよい。現在は冬毛に生え変わり、いっそうマヌルネコらしい姿で過ごしていることを、ツイッターなどで確認する毎日である。関東だと上野動物園や埼玉県こども動物自然公園にいる。埼玉のマヌルネコは、二本足で立って窓から外を見る姿がニヒルである。

〈例句〉
振り向きて驚き顔のマヌルネコ  佐藤文香
曇天や立派なマヌルネコ走る
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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