紙子と学校

都心の一等地にあり、帝に仕えるための特殊技芸者を養成する中高一貫の女子校・玉笛女子学園。中等部に入学し寮で同室となった紙子と陽子は、不思議な先輩や先生たちとの交流を通じて成長していく。気鋭の詩人による和風学園ファンタジー、ここに開幕!(カット:鯨庭)

 目が覚めた。
 柔らかな陽が叢にさしている。
 体を起こすと、傍には柳の木と、広都の太刀が落ちていた。
 広都の香りがする柳の木に体をすり寄せる。幹の中に、血が脈打つ音がした。
「広兄」
 ふと、自分の手元に獣の鉤爪がついているのを見出した。体が、明らかな変容を起こしていた。全ての肌に、ごわごわとした長い毛が生えている。二足で歩くことができず、這いつくばるように四肢で動くことしかできない。
 間もなく、非番だった兄連中が広都たちご先祖を回収しに来るだろう。不思議なことに、都志見は柳の木ではなく、獣の姿に変化していた。人為に噛まれた者が動物に変化する事例を、都志見自身も聞いたことがない。
 都志見はぼんやりと、ここに残って広都とともに石室に入るという道を考えた。それも悪くない気がしたが、都志見の胸の中には、最後の瞬間に胸の中に焼きついた疑問符が残像のように残っていた。
「広兄よ。おれたちの仕事は、何だったんだろうか」
 柳の木に額をつけ、都志見は広都へ語りかけた。
「八瀬の村に生まれて、疑うこともなく八瀬童子になった。小さい頃から憧れていた兄連中に入れたのに、一方でおれは八瀬童子に向けられる嫌悪に向き合うことができなかった。職を全うするために、あえて疑問から目を背けていたんだよ。広兄は、幸せだった?」
 柳の木に問いかける。広都の強く優しい声は帰ってこない。ただ、呆れたように笑う声を風の中に聞いた気がした。
「おれはまだ働ける。八瀬の村を出て、今度は八瀬童子としてではなく、自分自身の仕事をしに行くよ。人為とは何か。呪いを解く方法はあるのか。この目で見てくる」
 それから都志見は木の上に飛び上がり、広都がご先祖として回収されていく一部始終を見届けた。広都の母、都志見の母が悲嘆に暮れる様子を眺めてから、八瀬の村を出た。身内での葬式が終わる頃には、夕暮れ時になっていた。

 烏山を降りると、闇の中で一筋の川が光っていた。烏山と鎮守の森の境界に流れる、鈴鳴川だ。
 川面に顔を映すと、山猫に似たような姿が映っていた。灰褐色の体毛、目は金色に光り、頭に立つ三角の耳は後ろに捲れ上がっている。だが犬くらいの大きさはありそうで、正確には山猫ではないのだろう。

 

 すぐ近くに人為が草を鳴らしながら歩いていたので、鉤爪で刺して食った。塩気が強い。山に棲む獣の肉を刺身にして食ったことがあったが、こんな味ではなかった。
(やはり人為は獣ではなく、見た目の通り人間に近いものなのだ)
 視線の気配を感じた。
 目を上げると、奇妙な白い牛に乗った二人の少女がこちらを見ていた。白い牛の首には、肌のたるんだ爺の顔がついている。前に抱えられるように乗った体の小さな少女は、髪を後ろ一つに束ねている。化粧っ気もないので女か男か分からないくらいだが、玉笛の制服を着ている。
(おれと同じくらいの年齢だろう)
 その少女の姿に見覚えがある気がして、都志見は立ち止まった。
生温かな風が吹き、視界が草に遮られた後、その姿は消えていた。
頭上には白い鳥のような獣に乗る二人と、悲鳴のような声。
都志見は振り返らずに立ち去った。

(つづく)

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