遠い地平、低い視点

【第41回】批評のポジション

PR誌「ちくま」11月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 世の中はとんでもないスピードで変わって行きますね。政治の世界では突然「新しい状況」が生まれてしまう。
 リーマンショックの後で旧民主党への政権交代が起こる前くらいから、急速に「日本でも二大政党制を」という声が大きくなった。それはそれで不思議ではないけれど、じゃ日本の二大政党制はどういう二大政党制丶丶丶丶丶丶丶丶丶であればいいのかに関しては曖昧だったような気もします。ま、今でも多分まだ曖昧なんでしょうけれども、日本人が望んでいる二大政党制というのは、たとえて言えば「自民党Aと自民党Bとの間で政権交代が起こる」というようなものだと思う。
「安倍一強」でろくでもない問題がやたらと現れて、でもこれに変わる勢力がない。だから小池百合子を代表として「改革保守」を強く打ち出した希望の党が現れると「激震が走った」みたいになってしまう。それは安倍晋三の自民党Aに対して、小池百合子の自民党Bが現れてしまったからでしょうね。
 私は、別に不思議ともなんとも思わないけれど、「改革保守ってどういうもんだ?」的な驚き方をする人がいくらでもいる。そういう人達の頭の中には、「二大政党制と言えば保守対革新」という、今から六十年ばかり前のいわゆる「五五年体制」の考え方が残っているのでしょう。旧民主党が民進党になり更に解体に向かった党のまとまりのなさも、このことが大きく影響していて、「非自民であれば革新だ」という勝手な思惑で、保守と革新が便宜上一つになっていった。
 本当に必要だったのは、「よりよい自民党」であるはずの「もう一つの自民党」だったのに、「非自民、反自民」を謳った結果、革新系も一つにして、結果、水と油のバラバラになってしまった。「政権与党になる」と言った旧民主党の弱さは、「もう一つの自民党になる覚悟」が持てなかったことじゃないかと思う。
 日本で「政権与党になる」ということは、どうやら「もう一つの自民党になる」ということで、戦後の日本では初めから自民党―自由民主党が一つだったわけじゃない。「五五年体制」というのは、「自民党対社会党の二大政党が拮抗する」という、言ってみれば革新側の希望的観測を前提にしたもののように思われるけれど、その「体制」がどうして(一九)五五年体制であるのかというのは、その年に後の「日本の二大政党」と言われる自由民主党と日本社会党の二つが成立したというだけの話で、「意味のあるものとして五五年体制を堅持しなければならない」という理由なんかはない、と思う。
 ここで戦後日本の政党変遷史を展開するつもりはないけれど、太平洋戦争が終わった段階で、日本に政党はなかった丶丶丶丶。あったのは「全員同じ方向を向く」という大政翼賛会の中の「なんとか派」だけで、終戦と同時にこの縛りが消滅して、その年の終わりには政党が復活する。保守系の政党は、離合集散と党名変更を十年間繰り返して、吉田茂の自由党と鳩山一郎の日本民主党の二つに整理され、これがくっついて自由民主党になった。社会党の方だって一つではない。日本社会党としてスタートしたものが右派社会党、左派社会党の二つに分裂して―というかもう少しややこしく離合集散していたのが、自由民主党成立の一カ月前にくっついて、再び日本社会党が出来上がった。社会党の分裂は「路線問題」という(多分)思想的な対立でしょうが、自民党の方は、それぞれを率いるボス同士の喧嘩と手打ちですね。その二つの保守政党が一つになったのは、「二つだと不安定だから困る」という、財界からの要請ですね。
 言ったらなんですが、日本の政権与党である自民党の中には、派閥争いが隠れている。これが「総理一強」ということになると、とんでもない暴走が始まるんだから、不安定極まりない現代社会にふさわしく、互いに牽制するのが可能であるように、自民党A、自民党Bの二つになりゃいい。そういう配置にしておいて、そこからはみ出してしまった、いわゆる「革新リベラル勢力」は、二つの自民党に対して「批判勢力」として存在すればいい。
 社会党が力をなくしてしまったのは、「批判ばっかりでなんでも反対の社会党」と揶揄され、「現実的になって政権与党を目指そう」などと無駄なことを考えた結果で、「現実は現実、批評は批評」で、批評が「現実」なんかになる必要はないんだ。現実はいつでもいい加減で、だからこそ「非現実的な発言」である批評が意味を持つ。「批評は現実と関わらなきゃいけないんじゃないか?」と思った瞬間、批評は力を失うし、失った。批評は批評で、現実とは別次元にあることによって現実と絡み合う。非力だからこそ力を持つというのが、批評の力でしょう。
 

PR誌「ちくま」11月号
 
この連載をまとめた『思いつきで世界は進む ――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』(ちくま新書)を2019年2月7日に刊行致します。

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