遠い地平、低い視点

【第44回】おもしろくすることを考えればいいのに

PR誌「ちくま」2月号より橋本治さんの連載を掲載します。

 私は知らなかったんですけど、去年の秋に来日したアメリカのトランプ大統領と日本の安倍晋三総理大臣が、二人で仲良しゴルフをした時、安倍晋三氏は素っ転んだんですってね。バンカーに入ったボールを出すために結構深いバンカーの底に下りて行って、ボールを外に打ち出したはいいけど、ご当人はバンカーから出ようとして斜面を上りかけ、砂に足を取られてバタンと素っ転んでしまった。
「そんなことあったの?」と、その話をしたウチの助手に聞いたら、「多分、ほとんどの日本人はそんなこと知らないと思う」という答が返って来た。
 彼によると、そのシーンを撮った映像は存在していて、テレビ東京のニュースで一度だけ流れたが、他ではどこもそんな映像を流してないという。外国のサイトではその映像が流れているのだが、日本のインターネットサイトにはない。誰かがその映像をユーチューブに上げようとするのだが、そのたんびに削除要請が入って映像が出なくなる―それでほとんどの日本人は知らないのだというんだそうだ。「だったら中国とおんなじじゃん。日本の報道の自由のレベルが外国に比べてぐんと低いというのは、こんなことなのか」と思ったら、ああだこうだとやって外国のサイトと接続した助手が、「これ」と言ってその映像を見せてくれた。
 ドローンだかヘリコプターだか知らないが、空中撮影の俯瞰映像で、まずそのことに驚いた。「こんなことやってていいの? テロリストが上から狙うなんてことを想定したら、こんな映像撮れないんじゃないの?」と思ったが、上から撮られてるんだからしょうがない。
 そこで、我が国の首相の倒れ方だが、「あれ、お気の毒」と言いたいような倒れ方で、あまりおもしろくない。「ただ倒れればおもしろい」というわけではない。倒れた瞬間「あ、大丈夫ですか」と駆け寄りたくなる転(こ)け方もあるし、「あまりのことに、心配するより先に笑っちゃった」というような転け方もある。運とか「転ける才能」とかもあるけれども、日本の首相の転け方は「あ、大丈夫ですか」の方で、あまりおもしろい転け方ではない。「ただ真面目で単純におもしろみのない人は、転けてもおもしろくないな」ではあるのだが、それに比べて彼(か)の国の大統領はさすがだった。役者振りが違うというか。
 後ろの蟻地獄状の穴の中で「盟友」なのかもしれない日本の総理大臣が素っ転んでいるにもかかわらず、振り向きもしない。日本の総理がバンカーに入ってったんだから、ちょっとくらい立ち止まっててもいいんじゃないかとは思うが(なにしろ二人っきりでコース回ってんだから)、待ちもしない止まりもしない。振り向きもせず、「私の周りは平和で何事もない」という例によっての「自分ファースト」でスタスタと先に行ってしまう。ロングの映像のそこにだけ、唯我独尊な大統領の顔がアップで重なるようで、現在の日米関係のあり方をまんま表明するようなものだ。転けたのは安倍晋三だが、画面の主役はトランプで、日本の総理大臣は、傲慢でなんにも考えないアメリカ大統領の脳天気振りを映す映像の脇役でしかない。この映像をオープンにした時、日本人の多くは、アメリカ大統領の意図せぬコメディアン振りにあきれて笑うんじゃないかと思うんだけども、削除要請をする日本のどこかの方は、そういう風にこの画面を見ないんだな。
 もしかしたら、「総理の失態」を隠すのではなく、「日本がアメリカに無視されている」という構図の方がまずくて、それでオープンに出来ないのかもしれないが。
 まァ、そういう映像を見せられて「あらららら」と思った次の日、どういう因果かニュース画面に安倍総理大臣が出て来ました。「地方の振興にはSNSを活用するのだ、それが一番いい」ということで、ご自身も早速インスタグラムを始められたという。その画面がテレビに映ったけど、最早終了したテレビ番組に出た時の写真二枚が、まるで選挙ポスターのように並んでいて―並んでいるだけで、すかさずネットユーザーは「つまんない」「工夫が足りない」と突っ込んでおりましたが、せっかくインスタを始めるんなら、バンカーで転んだ写真と、後を見ずにスタスタの米国大統領の写真二枚を並べて、「転んじゃいました」「彼はなに考えてんでしょうね」というコメントもくっつけた方がいいと思うね。その方が、国民の人気は上がると思いますね。「あ、正直だ」とか「好感が持てる」とかね。
 へんに気取って取り繕うからいけないんだ。へんに大見得を切って、「私は後ろめたいことなんかなんにもしてない! もしそんな事実があったら辞める!」なんてことを言うから、引っ込みがつかなくなって「隠蔽体質」なんてことを言われるんだ。オープンな自虐体質の方が、今はうけますけどね。

PR誌「ちくま」2月号
 
この連載をまとめた『思いつきで世界は進む ――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』(ちくま新書)を2019年2月7日に刊行致します。

関連書籍