バブル崩壊後の仮想通貨
ビットコインは2017年末あたりに暴騰して、年が明けてしばらくの後、急落した。それから数カ月。かつて1BTC=240万円に達した価格は18年8月16日現在、70万円前後である。
この価格が高いのか安いのかは、なんとも言いようがない。
もし将来モノやサービスの購入にそれなりに使われるなら、いまはまだ安いのだろう。そうでないなら、役に立たない電子情報の数字に高値がついているということになる。それはそれでめでたくて良い気がしないでもない。
18年8月1日付けのBloomberg.comの記事によると、ビットコインの価格変動は落ち着いてきているようだ。つまり以前と比べると、通貨としての安定性は高まっている。しかしモノやサービスの交換で使われることは、減少傾向にあるのだという。もともと少ないのに減っているとは。
たとえばビットコインでの支払いに応じる大手17業者では、17年9月に4億ドルを超した決済額が、18年5月には6千万ドルにまで減少したそうだ(Olga Kharif “Bitcoin's Use in Commerce Keeps Falling Even as Volatility Eases” Bloomberg.com, August 1, 2018)。
ビットコインの考案者サトシ・ナカモトは、ビットコインを「電子現金」(digital cash)のひとつと言っている。前回でも述べたがこの表現はきわめて的確で、ビットコインはいわゆる現金の要素を多くもっている。
たとえば詐欺商品をつかまされたとき。現金で支払っていると、なんせお金が物理的に先方の手に渡っているのだから、取り返すのは難しい。ビットコインもこれは同じだ。電子的にだが、先方の手に渡っている(もしくは渡ることが確定している)。
しかしクレジットカードでの支払いだと、カード会社に詐欺に遭ったと連絡すると、お金の引き落としを止められることが多い。
現金もビットコインも、売り手と買い手を直接つなぐピア・トゥ・ピア(P2P)の取引ツールだ。一方クレジットカードはそうでなく、カード会社という第三者が売り手と買い手のあいだに入っている。もちろんカード会社は手数料3~4%をとる「中抜き」業者であり、そう善意に溢れた存在というわけではない。
前述の記事によると、いまのところビットコインが重宝されているのは、海外のフリーランス事業者への送金のようだ。複雑なネットワークを経由する国際送金よりも、安く、早くお金を送ることができる。
国際送金
国際送金の費用は高い。
国内の銀行Aと、国外の銀行Bは、同じ送金ネットワークにはつながっていない。そこでスウィフト(国際銀行間通信協会)という国際送金サービスでAとBをつなぐ。
これは銀行Aと提携する別の銀行C、銀行Bと提携する別の銀行D、CとDと提携する銀行Eを見付け、それらをチェーン(A→C→E→D→B)のようにつなぐ仕組みだ。迂回経路をたどるぶん費用も時間もかかる。手続きの完了に数日かかることもある。
もちろん電子ウォレットから電子ウォレットへと、スマホでP2Pの送金ができるビットコインだと、スウィフトのようなものは必要ない。
XRP(リップル)
スウィフトの代替または改善を目指す仮想通貨が、XRP(リップル)である。なおリップルは企業名で、そこが発行した仮想通貨をXRP(エックス・アール・ピー)というが、ここでは日本での通称にならいXRPをリップルと呼ぶ。
リップルは異なる通貨を橋渡しする「ブリッジ通貨」とされる。
簡単にいうと、たとえば日本の銀行Aからチリの銀行Bに送金したいとき、リップル社の構築したシステムのなかで「円をリップルに換えて、リップルをペソに換える」ができるとする。そうするとスウィフトのように、長い迂回経路をたどる必要はない。ずっとシンプルに国際送金ができる。もちろん、手続きの完了は早い。
ただしブリッジ通貨の存在は、円やペソといった国家発行の通貨が存在することを前提としている。この点リップルは、世界通貨を指向するビットコインとは、目指すものがずいぶん異なる。また、ネットワーク上でユーザーが共同運営するビットコインと違い、リップルにはリップル社という運営主体がいる。
国家発行の通貨をよしとしない人には、リップルは好ましく見えないかもしれない。
少し前までは、ビットコインが値下がりするときには、リップルはじめ他の仮想通貨も値下がりすることが多かった。しかし最近はビットコインとリップルは連動していないように見受けられる。市場は成熟してきているのではないか。
授業料を払えばいい
私はこんなエッセイを書いているくらいだから仮想通貨を好きだ。そして私は自分以外に、仮想通貨を好きだと公言する経済学者をよく知らない(野口悠紀雄氏を例外とする)。仮想通貨を好きだと言うのは、あまり正統派な経済学者っぽくない気もする。
いま仮想通貨の市場はシビアである。あぶく銭が入るところではなく、簡単に大損ぶっこける。仮想通貨バブルが終わったとされるいま、仮想通貨を好きだと言うのは、かつての不動産バブル崩壊後にワンルームマンションを称えるような気恥ずかしさがある。
しかしである。一時期の仮想通貨バブルは、ほんとうにバブルだったのだろうか? あれくらいのポテンシャルはあって然るべきではないのか? もしかするとまだバブルは始まってさえいないのではないか? と考えることもできる(考えないこともできます)。
本稿では仮想通貨のデメリットについて述べていない。デメリットはそれぞれの通貨で異なるし、技術の進歩は速いので、あまりこの段階でデメリットを強調する気になれない。
ひとつ注意を述べておくと、ひとくくりに仮想通貨を非難する意見については、鵜呑みにしないほうがよいと思う。たとえば国際決済銀行(BIS)の最高マネジメント責任者アグスティン・カルステンス氏は、2018年2月のドイツ・ゲーテ大学での講演で「仮想通貨たち(cryptocurrencies)は個人や組織への信頼を反映しておらず、背景にいかなる権威もない」と批判を述べている(Agustín Carstens “Money in the digital age: what role for central banks?” Bank for International Settlements, 2018)。
しかし、まずこの批判は、リップルのように民間組織が発行しているものへは当てはまらない。また、そもそもビットコインは個人や組織が運営していないことを美点とするファンが多く、批判として的外れである。
いま仮想通貨を買っても、儲けるのは難しいかもしれない。でも関心がある人は、宝くじを外すつもりで、気に入ったものを購入してみたらよいと思う。「いまさら」と思う必要はない。試してみたらいい。
今年は金融庁が多くの取引所に業務改善命令を出したり、内部管理が不十分な業者をひとつ撤退させたりした。いまだ十分ではなくとも、業界の健全化は進行しているのではないか。
そして健全化と言った矢先にこんなことを言うのだが、仮想通貨市場はまだ結構ないかがわしさがあり、それもひとつの面白さである。ネット上には多くの仮想通貨の情報サイトがあるが、書き手や根拠が不明なものが多い。ポジショントークやフェイクニュースが溢れているのだ。これが株式となると虚偽の情報を撒くのは「風説の流布」という犯罪になるから、ニュースのまともさが増す。
仮想通貨関連のニュースについては、私はわりとBloomberg.com(英語有料版)を信頼している。なお、日本国内の動向は仮想通貨の価格にほとんど影響を与えないので、国外の動向をきちんと追ったほうがよい。追ったから儲かるというわけではないが、追うと面白いのと、追わないとたぶん相場が本当に意味不明になる。また、日々ニュースをチェックするうちに、IT金融の動向に詳しくなるはずだ。
こんなに簡単にグローバル市場を体感できて、経済のいかがわしさを楽しめて、しかもIT金融に親しめるようになるのだから、多少の授業料くらいは払えばよいのである。