現存する作品が三五点、ヨーロッパとアメリカに点在するフェルメール作品を追い求めて旅をするフェルメール・ファンは世界中に数多くいます。私も足かけ一〇年をかけ、ほぼ全ての作品を鑑賞するに至りました。しかし、どうしても観られない一点があります。それが、ボストンにあるイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の《合奏》です。
ガードナー美術館がプライベート美術館であり作品の公開を固辞しているからでは決してありません。逆に地域密着型の開かれた美術館として多くの活動を積極的に行っている館です。それではなぜ、フェルメールの《合奏》は観られないのでしょうか。
今からおよそ三〇年前の一九九〇年三月に他の美術品十数点と共に強奪されてしまったのです。現在でもガードナー美術館の展示室は残された絵画の額縁だけが展示され、公式サイトにはこの盗難事件の詳細が綴られています。それを目にするたびに胸に穴が開いたような気持ちになります。誰かのエゴによりそこにあるべきものが存在しないのですから。また連邦捜査局(FBI)のウェブサイトでもこの盗難事件について作品の画像入りで大きく掲載され続けています。果たしてこの先、ガードナー美術館へ《合奏》が戻る日は訪れるのでしょうか。 本書ではこの《合奏》をはじめ、レオナルド・ダ・ヴィンチ《モナ・リザ》、ムンク《叫び》など、名画の盗難事件を第一章で紹介しています。
また、フェルメール作品は、第二次世界大戦に巻き込まれたことでもよく知られています。ナチス・ドイツにより所蔵先の美術館等から強引に接収され、戦後も連合国とソ連の間で密かに争奪戦が繰り広げられたのです。幸いなことにフェルメール作品に関しては一枚も消失することはありませんでしたが、ナチスの美術品強奪事件のほかにも、戦禍に巻き込まれ現存しない名画は数多くあります。二〇一五年劇場公開の『名探偵コナン 業火の向日葵』で大きな注目を集めた、日本の芦屋にあったゴッホの《ひまわり》もその一枚です。第二章ではこのような、戦争により奪われ、焼かれ、破壊された作品を取り上げています。盗難や戦争によって消失した作品のその裏には人間の醜悪なエゴイズムが潜んでいます。それは自分自身も持ち合わせているかもしれません。
第三章は、別の画家が上書きしたために失われた作品や絵の制作を依頼した人や贈られた人が破棄したという、身勝手な振る舞いにより失われた名画の話です。
第四章では、人災、天災を問わず人類の文化遺産を守ることの難しさを取り上げます。多くの図版や解説図を入れ、読みやすさも追求しています。
お金になるから盗む、文化を根こそぎ葬りたいから壊す、なんとか残したいから研究する、失われた美術の歴史は人間の欲望の歴史でもあり、それを俯瞰すると、愚かさも悲哀もおかしみもすべてが見えてくると同時に、プラスの側面を含めもっといろいろなことが去来することでしょう。そこを味わって頂ければこのうえなく嬉しく思います。
読み進めていくと、歴史を変えたり、人を狂わせたり、戦争を起こしたりするアートのパワーに驚かされるはずです。運命や歴史に翻弄された「アート」というものを題材にしたエンターテインメントな本としても楽しんでいただけると思います。
それでは、人間のエゴが起こした芸術品にまつわる愚行の数々を目をそらさずにお読みください。「かげ」を知ることにより「ひかり」は一層輝きを増し、新たな魅力を湛えるものです。きっと次から展覧会で絵画を前にする気持ちに変化が現れるに違いありません。