ちくま新書

中東で起きていることを「理解する」ために

2020年9月刊、末近浩太『中東政治入門』(ちくま新書)の「はじめに」を公開いたします。戦争が絶えず、宗教が複雑に絡み合い、「理解する」のが難しく感じられる中東。「イスラーム国」「アラブの春」「パレスチナ問題」…それらは「なぜ」起こったのか? 本書を読めば、さまざまな事件・事象の「理解」に近づくことができます。まずは、ここに公開する「はじめに」をお読みください!

†本書の構成

 本書では、中東政治に関する従来の本に見られる時系列・国別ではなく、国家、独裁、紛争、石油と経済発展、宗教というテーマ別で章立てがなされている。そして、これらのテーマは、中東をめぐる「よくある」疑問や謎に基づいている。

 こうしたテーマ別の章立てを採用したのは、本書が「なぜ」起こったのか、すなわち、特定の国や地域(を「知る」こと)よりも、中東の政治現象(を「理解する」こと)それ自体に力を注いでいるからである。そのため、各章では、そこで扱われる政治現象について、それぞれ「なぜ」で始まる問いが立てられている。

 第1章は「国家 ―― なぜ中東諸国は生まれたのか」である。本書を読み進めていく上での最も基礎的な情報を整理するために、まずは中東という地域全体を概観し、その特徴を大摑みにする。中東にはどのような国があるのか、その民族、宗教・宗派、政治体制、歴史などの違いを紹介する。その上で、そもそもなぜ中東諸国は生まれたのか、そして、なぜそうした違いが生じたのか、国家形成や植民地主義の影響に注目しながら論じていく。

 第2章は「独裁 ―― なぜ民主化が進まないのか」である。中東は、世界有数の独裁の「宝庫」であり、中東の民主化の可能性/不可能性には、常に中東の内外から高い関心が寄せられてきた。そのため、本章の問いは、なぜ中東諸国では長年にわたって独裁が続いてきたのか、となる。しかし、この問いは、別の問いを惹起する。それほど強靭な独裁であれば、なぜ「アラブの春」で崩壊してしまったのであろうか。本章では、独裁者とそれに抗議する一般市民のそれぞれの戦略に着目しながら、これらの問いに答えていく。

 第3章は「紛争 ―― なぜ戦争や内戦が起こるのか」である。中東は、通俗的なイメージだけでなく、統計的に見ても紛争が絶えない地域である。中東では、どのような紛争が起こってきたのか。それらの紛争はなぜ起こったのか、そして、一度起こった紛争はなぜなかなか終わらないのか。本章では、主に紛争研究の知見を活かしながら、その規定要因の把握を目指す。

 第4章は「石油 ―― なぜ経済発展がうまくいかないのか」である。中東が石油や天然ガスといった天然資源を豊富に抱える地域であることは、よく知られている。しかし、「神の恩寵」であるはずの天然資源は、必ずしも中東の人びとに幸福をもたらしてはいない。経済発展の停滞、産業構造の歪み、不平等な富の再分配、さらには、独裁者の跋扈―― 本章では、なぜ豊富な天然資源がこうした問題を引き起こしてきたのか、その原因とメカニズムに迫る。

 第5章は「宗教 ―― なぜ世俗化が進まないのか」である。中東では、宗教 ―― 特にイスラーム―― が、政治に大きな影響力を及ぼし続けてきた。それを象徴するのが、近年の過激派の台頭であろう。本章では、中東諸国における政教関係とイスラーム主義というイデオロギーの2つに着目し、中東ではなぜ宗教の力が根強いのか考えてみたい。

 終章では、「国際政治のなかの中東政治」と題し、これまでの各章で論じてきた中東政治のダイナミズムを国際政治のなかに位置づけながら、それが持つ今日の世界に対する意味と意義について確認する。冒頭で述べたように、中東は「閉じられた地域」ではなく、その動静は世界全体への波及効果を持つ。私たちは中東で起こっていることにどのように向き合うべきなのか、本書の締めくくりとして考えてみたい。

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