みんな”普通

第5回 これから社会へ出ようとする人へ

社会に出ると自己紹介をする機会が増えると思う。その時、相手に覚えてもらうためにするといい、あること、とは??

就活生や新社会人ぐらいの方々とお会いすると、仕事にまつわることのアドバイスを求められることがよくある。ぼくは会社員になれなくてフリーランスになった人間だから、ビジネス的な質問はこちらが聞きたいぐらいだ。

そういうことはビジネス書を出版していたり、上場企業に勤めたのちに起業をしたような人に聞くべきだ。偉くないことを偉そうにいってしまうけど、ビジネスマナーなんてまったく知らないし、部長と次長のどちらが偉い役職なのかもわからない。

写真のことや美味しい牛タンの見分け方を聞くならまだしも、なんで仕事のことを聞くのだろう。体調が悪くなって病院にいって、お医者さんに近所の美味しいお店を聞くのか?ぼくは聞いちゃうタイプの病人なんだけど、普通は聞かないだろ。質問をするときに大事なことは、質問を的確にヒットで打ち返してくれる相手を選ぶことだ。人を見る目が大切だ。

 

だけどぼくに仕事のアドバイスを求めた人だって、多少なりとも勇気を出して質問したのだろうし、知らない街で道に迷ったように不安なのだろう。こちらも「見る目がないよ」とはいえずに、なにかしらのアドバイスをしてあげたくなる。海外で道に迷ったときに現地の人に道を聞いて、現地の人がテキトーに答えてさらに道に迷ってしまう現象は、きっと人情なのだろう。

これから社会に出ようとする人に、ぼくはいつも手品をすすめている。社会に出ればいろんなところで自己紹介をする機会がある。ぼくだってそれぐらいはする。だけど自己紹介の人数が増えれば増えるほど、名前を覚えられないものだ。3人に自己紹介をされたら、最初の人の名前は記憶のキャパが足りずに押し出されて消えてしまう。

まだ新入社員の立場だと先輩に声をかけるのは少し気が引ける。新しい職場では誰だって孤独感があるものだ。すべてを解決してくれるのが手品だ、まさにマジックだとおもう。

自己紹介で名前をいった後に「趣味は手品です。」というだけでいい。名前を覚えられなくても、手品の人になる。あとは手品を見たさに勝手に話しかけられる。というか手品が趣味というと、ほぼ100%の確率でなんかやってといわれる。

とても大事なことが2つある。1つ目は手品を2つマスターすることだ。手品を披露すると、必ずといっていいほどアンコールを要求される。そのときにおなじ手品を披露するのはやめたほうがいい。おなじ手品を2回見せられると、人はタネ明かしをしようとする。

2つ目は手品のタネを絶対に明かしてはいけないということだ。手品をして人が集まっているのは、自分に価値があるのではなく、手品に価値があるのだ。人気者になったと勘違いしてはいけない、みんなが手品ができないだけだ。手品のタネを明かした途端に、価値は暴落する。ダイヤモンドや金とおなじことなのだ。だから絶対に絶対にタネを明かしてはいけない。

 

手品のおもしろいところは、披露したときの相手の反応にある。素直に驚いて笑顔になる人、くだらないと鼻で笑う人もいる。どう考えても今後の行動を共にするのは、素直に驚いて笑顔になる人だ。そういう踏み絵にもなる。

手品は老若男女を問わず楽しませることができ、世界中どこでも通用する。ぼくは海外にいく前は英語の勉強をしないで、手品の練習をする。コインマジックを練習して、50円玉をたくさん持っていく。50円玉で手品を披露したあとに、いつもその50円玉をあげている。

穴の空いた硬貨は世界的にはわりとめずらしく、漢字が書かれていることもあってなのかめちゃくちゃ喜ばれる。もしかしたら50円玉を渡された子どもの宝物になっているかもしれない。もしかしたら50円玉をきっかけに日本に興味を持ってくれるかもしれない。

ぼくは入院をしたときにスプーン曲げをよくやる。手に点滴の針が刺さっているので、コインマジックのように素早い動きができないからだ。お見舞いに来たけど待合室で待たされる退屈そうな子どもに披露したりする。間違いなくきっと変なおじさんだ。お医者さんや看護師さんに披露するとだいたい困惑される。

 

仕事をする上で大事なことは、仕事以外の引き出しをたくさん持つことだ。コロナ禍になって随分と減ったとおもうけど、仕事終わりに先輩と居酒屋に行って、仕事の話をすることほどつまらないことはない。ダメ出しや説教が始まったらもう悲惨だ。

仕事以外の引き出しをたくさん持っている人の周囲の席はいつだって人気が高い。そりゃそうだ、楽しいからだ。仕事以外の話ができる人というのは、ダイヤモンドや金とおなじぐらい価値があるのだ。手品があれば新人だろうと、価値を高くすることができる。

そんなことを就活生や新社会人ぐらいの方々に熱弁するんだけど、だいたいポカンとされる。きっと彼らの質問をヒットで打てていないんだろうな。