単行本

現代アメリカ史を刷新するポピュラー音楽スタディーズ

大和田俊之『新しいアメリカ音楽』書評

大和田俊之さんの10年ぶりとなる待望の単著『アメリカ音楽の新しい地図』を、人間行動学・視聴覚文化の研究者で『うたのしくみ』の著者でもある細馬宏通さんにお読みいただきました。ポピュラー音楽の造詣も深い細馬さんに「新しい地図」はどう映ったか。(「ちくま」2021年12月号より転載)

 2016年11月の大統領選におけるテイラー・スウィフトの発言で始まる本書は、2010年代から2020年までのアメリカ音楽と政治の問題を活写した一冊だ。それはちょうど、オバマ政権からトランプ政権へと移行し、一方でBLM運動をはじめとする市民運動が盛んになり、アメリカの文化が大きく変化しつつあった時期にあたる。
 日本では音楽に政治を持ち込むべきかどうか自体が論じられることがあるけれど、アメリカでは名のあるミュージシャンが政治にコミットしないことの方が珍しい。アメリカ音楽の多くは歌い手の出身コミュニティと関わっており、歌に自身の出自やそこにまつわる政治的問題が含まれるのはごく自然なことだからである。
 取り上げられるのは、冒頭のテイラー・スウィフトをはじめ、ブルーノ・マーズ、ラナ・デル・レイ、チャンス・ザ・ラッパー、ケンドリック・ラマー、カーディ・B、そしてBTS。一見すると、この十年のヒット・チャートを飾ったミュージシャンたちで構成されているかに見える。が、読み進めるにつれ、それはまさにアメリカの「地図」を描くにふさわしい人選であることが分かってくる。テイラーは南部のカントリー歌手出身。過去のR&Bを参照しヒットを飛ばすブルーノはフィリピン人の母親を持ちハワイに生まれ育った。過剰な音作りで歪んだアメリカの哀しみを歌うラナ・デル・レイはニューヨークからロサンゼルスに移り住んだ経歴を持つ。チャンス・ザ・ラッパーは多くの黒人指導者を輩出したシカゴのサウスサイド出身で、一方のケンドリック・ラマーはカリフォルニア出身で西海岸を代表するラッパーだ。「WAP」で世界的にヒットしたカーディ・Bはサウス・ブロンクスで育ちラテンの血を引く。アメリカの東海岸、中西部、西海岸、南部、そしてハワイと、多様な出自が配置された構成になっている。
 しかし、著者は単にそれぞれのアーティストを、既成の音楽地図に色分けして語るのではない。黒人コミュニティの内部に潜む微細な権力構造をも扱っていくケンドリック・ラマーの章に代表されるように、むしろ、彼らがそれぞれの出自を核にしながらも、自身に降りかかるステレオタイプな色分けからいかに逸脱し、グラデーションを見出していこうとしているかを描き出す。また、ビルボードをはじめとするさまざまなランキング・システムが、アメリカにおいては多様なコミュニティを背景とした集計方法によって計測されてきたことをも歴史的に明らかにし、ヒット・チャートを参照する議論の前提にも目を配っている。
 BTSを扱った章では、著者は彼らの最近のヒット曲にページを割く代わりに、デビュー1年後に制作されたリアリティー・ショー「アメリカン・ハッスル・ライフ」に注目する。彼らがロサンゼルスのラッパー、ダンサー、ゴスペル・シンガーなどさまざまなアーティストに教えを請い交流を深めたこの番組を考察対象とすることで、1992年のロス暴動と現在とが対比され、ロス暴動を語る際にしばしば持ち出される「アフリカ系/韓国系」間の衝突という図式が、いまや新しい変容を遂げようとしているさまを掘り下げていく。この筆致には唸らされた。
 終章では、1918年に世界的に流行したインフルエンザ禍と現在のコロナ禍とを比較しながら、どちらの時代にも自宅で音楽をきくための新たなメディアが宣伝されるようになったこと、そして感染症のイメージが容易に特定の国や人種へと結びつけられてきた一方で、現代ではK-POPファンとBLM運動との連帯のように、安易な排外主義に対抗する動きが生まれつつあることを、慎重に記していく。
 読み終わると自分のこれまで持っていたアメリカに対する見方が見事に刷新されているのが分かる。ポピュラー音楽史を梃子にした骨太の現代アメリカ史である。

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