からだは気づいている

第1回 掛け声の謎

日ごろ私たちが無意識に行っている様々な動作には、実は精妙なプロセスが潜んでいます。 人間行動学者の細馬宏通さんが、徹底した観察で、さまざまな日常の行動の謎を明らかにする連載、 第1回のテーマは「掛け声」です。

 長年、日常のさまざまな動作を詳しく見るという仕事をしてきて、つくづく不思議に思うことがある。それは、人と人とがどうやってあっという間に何かを成し遂げてしまうのか、ということだ。何かを成し遂げる、といっても、わたしが不思議に思っているのは、何も世界を動かす一大プロジェクトのことではない。むしろ誰でもできる、ごく簡単な日常の動作のことだ。
 たとえば机のようなちょっと重いものを誰かと持ち上げることを考えてみよう。わたしたちは特に学校でやり方を習わなくとも、お互い反対側に立ち、あっという間に持ち上げてしまう。
 そんなありふれたことのどこが不思議なのか、といぶかしがる人もいるだろう。しかし、よくよく考えてみるとこれはとても奇妙なことだ。重い机を動かすとき、お互いに相手が何時何分何秒に動くかということを知らなくとも、わたしたちは打ち合わせらしい打ち合わせもせずに、適当なタイミングで力を入れ、机を持ち上げることができる。今日初めてあった人とでも、なんとかなる。初顔合わせのミーティングや作業場で、その場所を片付けるために机や作業台を何人かで運ぶことがあるけれど、あまりに難しくてついに運べなかった、という経験をしたためしがない。
 では、わたしたちはどうやって、ほとんど計画なしに、タイミングよく力を合わせてものを持ち上げることができるのだろう。ひとつ、すぐに思いつく答えがある。掛け声をかければよいではないか。わたしたちは「せーの」「よいしょ」といったいくつもの掛け声を知っている。掛け声に合わせてお互いに動けば、タイミングなど簡単にあってしまうのではないか。
 いや、もう少しよく考えてみよう。掛け声というのは、本当にタイミングを合わせる役に立っているのだろうか。

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