PR誌「ちくま」特別寄稿エッセイ

よろめいて生きる
複雑な心、非定型な人生・3

PR誌「ちくま」1月号より北村みなみさんのエッセイを掲載します。

 少し前から私たちフリーランス界は、二〇二三年より本格的に実施される「インボイス制度」の話で騒然となっている。
 もちろん色々な側面があり、私も完全に理解しているわけではないのだけど、すごく簡単に言うと「それまで売上消費税を免除されてきた低所得のフリーランスから、今後は消費税分を徴収する制度」だ。当然、納税額が大きく増えるのはとても苦しい。でもそれ以上に、大きな存在から「あなた達は利益にならない」「あなた達を守ってもしょうがない」と言われている気がして、自分の居場所が足元から崩れて少しずつ狭まっていくような危機感を味わっている。

 私は幼少の頃から、社会生活で求められるごく一般的なスキルが低かったと思う。
 忘れ物や見落しが多く、小学生の時「クラス全員忘れ物のない一日を作るチャレンジ」期間中に毎日一人だけ忘れ物をしまくり、担任の用意していたご褒美のお菓子が出る幕をなくしたことがある。空気の読めない所があり、体育祭の余興のダンスを普通に踊っていたつもりが、ふざけていると名指しで叱責されたこともある。
「なんかしょうがない人」として周囲に迷惑をかけるたびに、自分が恥ずかしく、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 大学に入り就職活動の時期になったが、毎日きちんと通勤し固定給をいただく生活に馴染めるとも思えず、結局フリーランスとは名ばかりのフリーターのまま卒業した。バイトで食い繋ぎながら細々と作品を作り、ここ数年やっと絵や映像の収入で生活できるようになって今に至る。
 義務教育を終え、集団行動が減り、周りに助けられながらも何とか食えるようになり、自分を卑下する回数は徐々に減っているように思う。また、フリーランスを選択している人の中には、自分と同じように社会とうまく噛み合わない人が大勢いることを知って、以前より気が楽になった。
 しかし今回の制度の変化で、やはり大きな社会的に、私たちは「なんかしょうがない人」のままなのだな、と改めて思い知らされたような気持ちだ。

 実際、私は直接的に世の中の利益にはならない仕事をしている。ちゃんと仕事で利益を生み出している人を尊敬しているし、沢山の善意に助けられて生きている事をありがたく申し訳なく思う。しかし同時に、そっちの都合で常識を作っておいて、馴染めない人は置いてきぼりでは酷すぎる、という悲しみや怒りも感じている。
 特別扱いを求めているのではなく、ダメな人間も社会の片隅で存在することを許してほしいのだけど、はたからそれが我儘や甘えに見えるのも理解できる。いつも「申し訳ない気持ち」と「申し訳なく思いたくない気持ち」の間で行ったり来たりしている。
「免除に頼らず納税するべき」という意見に、その気持ちはよく解りつつ、反論もしたい、でも強くは言えない、いやしかし。
 常に揺れ動く気持ちを抱えながら、明日もこれからも、ふらふらとよろめいて生きてゆく。
 

PR誌「ちくま」1月号

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