ポラリスが降り注ぐ夜・文庫版

個人のための言葉、あるいは小説家の使命【前編】

『ポラリスが降り注ぐ夜』文庫化&「肉を脱ぐ」連載開始記念対談

李琴峰さんの代表作にして芸術選奨新人賞受賞作『ポラリスが降り注ぐ夜』が待望の文庫化! 単行本刊行時に対談していただいた村田沙耶香さんと、あらためてその魅力について、また激動する世界のなかで、いま小説家が書くべきこととは何か、前・後編の2回に亘って、存分にお話しいただきました。

自作を翻訳するときに書いた自分に苛立つ(笑)
――この間の出来事としては、ご自身で翻訳された『ポラリス』の繁体字版が先日刊行されました。自分の書いた小説を他言語(かつ母語)に翻訳するのは、わりとレアなケースだと思うんですが、ぜんぜん突き放して見られるんですか。

 見られます。既にテキストはあるので、そこから乖離したらいけないですし、大きく直したりもしません。他のひとの作品を訳すときとほぼ同じです。だから、自分のテキストでも、これはどう訳したらいいのかと悩まされたりします(笑)。

村田 いい例かわかりませんが、たとえば「こんぶ茶」が出てきたとして、これは繁体字だとどう言えばいいのか悩んだりするということでしょうか。

 そういう悩みはたびたびありますし、『ポラリス』で、誰がこんなに長ったらしい描写したんだよと怒りをおぼえたりします(笑)。「夏の白鳥」で夏子が初めてナラに出会ったところのナラの顔の描写とか。

村田 翻訳で読むと、また受け取り方が違うんでしょうね。そもそも読者の前提としている知識が違うでしょうし。たとえば「太陽花(ひまわり)たちの旅」の最後でみんなで「島嶼天光」を歌うところがありますけど、あそこで私のような日本人の読者は異国の熱気みたいなものを感じると思うんです。でも台湾のひとにとっては、私たちが日本語の歌を聴くようにフラットに読むわけですよね。

 そこは印象が変わるでしょうね。ただ全体的なストーリーの受け取り方は特に差はないのかなと思います。

村田 私は日本語訳で初めて意味がわかるわけですが、でも漢字の見た目もなんだか美しいなと思うんですよね。他にも中国語の会話が出てくるところでうっとりしたりして、ぜんぜん読めない言葉なのに美しいと思うのはなぜなんだろうと不思議になります。

 中国語や台湾語だと漢字表記で、漢字が読めるから意味がわからなくてもなんとなく雰囲気が伝わってくるのはあるかもしれません。
 私も子どもの頃、日本語はまだ読めなかったんですけど、日本語の文章を見て、きれいと思った記憶があります。同じ漢字でも、日本語と中国語で意味が微妙にズレていたりするのが面白いと感じました。わかりやすい例で言うと、曜日を日本語では水金土火木の陰陽五行に月と太陽で表しますが、中国語は月曜が一、火曜が二…と純粋に数字で表します。日本語があまりできなかったときに、曜日の表し方を知って、火曜は火星が輝く日、水曜は水星が輝く日、とまるで神話のようで素敵だなと。だから、漢字自体が持つイメージがどこかしら作用しているのだと思います。

関連書籍

村田 沙耶香

変半身 (ちくま文庫)

筑摩書房

¥682

  • amazonで購入
  • hontoで購入
  • 楽天ブックスで購入
  • 紀伊国屋書店で購入
  • セブンネットショッピングで購入