ちくま新書

子どもの「間違い」から、何がわかるのか

広瀬友紀『子どもに学ぶ言葉の認知科学』まえがき

webちくまで連載されていた「宿題の認知科学」が、タイトルをあらたにして、ちくま新書として刊行されます!

 子どものテストや宿題のおもしろ解答は、いまやネットをにぎわすひとつのジャンルとして成立していると言えそうです。私もブラウザの端にそれらしき見出しがあるだけで、たとえどんなに急ぎの作業をしている最中であろうが必ずクリックしてしまいます。

 自分もこんな爆笑系の小学生を育ててみたい、という私の願いは、神様のどんな特別サービスなのか、人生まれに見るプレミアム待遇でかなえられました。

 私にとって、子のランドセルの中は常に宝箱。ハリセン状になった重要なお知らせプリント(怒)を発掘しつつお宝を収集する楽しみ。こうした珍解答ネタは、ネット上で笑いのネタとして拡散される過程でしばしば「どうしてこれがバツなのか」という熱い議論を巻き起こし、さらに多くの人の興味をかきたてていきます。

 こうしたコンテンツが人気な理由としては、大人にとっても「その思考のあり方、わかるわ!」という共感をおおいに呼ぶからに違いありません。そして、実はそこから得られる発見は、個人の共感にはとどまりません。

 本書でめざしたいことは、「こんなおもしろいの出ました〜」というネタを共有するだけじゃなく、そこから人間の何がわかるのか、言語学・心理言語学・認知科学的知見でもって、もう一歩深く迫ってみることです。

 身近に観察された個別の例をとっかかりにして、子どもの、あるいは人間一般の心の働き、認知のしくみ、言葉の法則や性質についてどんなことが見えてくるのか。そういうことに思いをはせていただくお手伝いをしてみたいと思いました。

 お子さんの、正解以外のあらゆるパターンの誤答に頭を悩ませる保護者のみなさんにとって、目の前の問いに正解はしてないけれど、子どもはちゃんと学んで成長している途中にある(かもしれない)ことが伝えられるといいな。

 あるいは、そうした間違いは子ども限定ではなく、人間の知識獲得のあり方や情報利用のしくみを垣間見せてくれる貴重な機会だということを示せたらいいな。

 教育現場に携わる方々とも、こうした「普通に採点したらバツ」解答を、プロ教師としての目とはちょっと違った視点から愛でて一緒に楽しんでみたいな。

 そんな思いで本書を書きました。

 私自身は普段、人間がどのように言語知識を運用してリアルタイムに文を理解するのかという、いわゆる心理言語学・文理解の研究をしています。

 これは大きくいえば認知科学という学問分野の一部ととらえることができるでしょう。認知科学とは、人間の知覚・記憶・思考などの知的機能を司るしくみに迫る研究分野で、心理学、言語学、計算機科学、芸術学などさまざまな視点からのアプローチが含まれます。

 人間の脳・心の営みに広く関わるのが認知科学ですが、本書では主に、認知科学のなかでも言葉に関する題材をとりあげていきます。

 題材の中心は、私の身の回りで収集されたテストの解答やら作文やらですが、その他の記事・論文・書籍からTシャツのロゴ・町の看板まで、さまざまなところからも関連する
情報(ネタ)をとりあげます。参考文献はまとめて巻末にご紹介します。

 本書を書きながら、自分自身の子どもの頃の欠点が、100倍に増幅された呪いのブーメランとして返されているような気まずさを禁じ得ませんが、同時に、かつて同じようなことをやらかした(ここまで派手じゃなかったけどな!)自分にしかできない仕事だという使命感も感じています。

 このたび、息子の珍解答を書籍に使用することについて幸い息子自身の許可がとれておりますが(その詳細はあとがきにて)、気まぐれな思春期に突入して気が変わらないうちに「時間との競争だ!」と思って全集中で書き上げました。

 それでは、どうぞ楽しんでいただけますよう。

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