ちくまプリマー新書

根強く残る "精神論" に終止符を
『「気の持ちよう」の脳科学』(ちくまプリマー新書)の著者が読みどころを紹介

やる気が起きない、元気が出ない。そんなときに「気の持ちよう」と片付けられてしまった経験はないでしょうか。しかし心は「脳という臓器がはたらいた結果作り出されるものに過ぎない」といいます。『脳を司る「脳」』で講談社科学出版賞を受賞した気鋭の著者待望の最新作を紹介します。(PR誌「ちくま」12月号より転載)

 心や気持ちといったものは、自分のことではあるけれど、何か漠然とした得体の知れないものというイメージがあるかも知れません。それでも心を病んだり、メンタルが不調になったりしてしまうことがあります。それはいったいどうしてなのでしょうか。

 今回私は、これまでつかみどころがないと思われていた心やメンタルのはたらきは、脳という "臓器" がつかさどっているということを改めてみなさんに知っていただきたくて、本書『「気の持ちよう」の脳科学』を著しました。

 こう言ってしまうと色気もロマンもないかも知れませんが、しょせん心というものは、脳という臓器がはたらいた結果作り出されるものに過ぎません。脳というと複雑で特別なものと思われるかもしれませんが、肝臓や腸など他の臓器と同様、細胞からできていて化学物質で動作する臓器の一つです。暴飲暴食を繰り返すと胃腸が荒れてしまうのと同様、脳という臓器も使い方を誤れば、そのはたらきは不完全なものになり、結果としてメンタルが不調になります。

 胃腸炎の場合は、薬を飲んでしばらく胃を休めようと考えるし、周りもそのように気遣ってくれるのが普通です。しかし、いざ心の問題となると、「怠けている」「気合が足りない」「甘えだ」などと「気の持ちよう」のような精神論で片付けられてしまう風潮は根強く残っています。それはなぜなのでしょうか。いい加減、そんな精神論は終わりにしようではありませんか。そのためにも、脳について理解を深めることをおすすめします。本書では、脳のつくりやしくみについて、基本からわかりやすく解説しておりますので、これまで脳科学を勉強したことがない人でも、安心してお読みいただけます。

 何もやる気が起きない、自分には価値がないと思える状態が長く続くのは、脳が疲れきっている状態です。よく、怠けていると思われるのが怖くて誰にも相談できないということがあります。しかし、脳が疲れている状態の人の脳は決して怠けているのではなく、むしろ普通の状態よりもはたらき過ぎている状態にあります。些細なことに気が向いたり、人の気持ちに敏感に気づいたりする「繊細さん」と呼ばれる人々は、脳が過剰にはたらき過ぎている状態にあるのです。脳だってしっかり休ませる必要があります。

 本書では、単に寝たり、閉じこもったりするだけではない脳の休ませ方をご紹介します。知らない街を歩く、道に迷う、実現可能性のない夢のある話をする、注意を分散する、複数の活躍の場を持つ、あるがままを受け入れる、自己肯定感よりも自己効力感を高める方法など、脳科学の知見に基づいたストレス解消法についても提案します。

 結局、心が病んだり傷ついたりするのは、脳のしわざです。それは脳が、他人の言動やできごとなどの外からの情報をどのように取り込み、解釈するかにかかっています。実は、脳は外の世界をありのまま見ているわけではなく、自分の経験などに照らして再構築しています。つまり私たちは脳の中で作り上げた脳内モデルを見ているに過ぎません。そのような自分の脳による解釈、すなわち思考の癖や歪みを正しく知ることが重要です。
 脳はよくコンピューターと類比されますが、コンピューターには到底できないようなはなれ技をやってのけたと思えば、「え、そんな初歩的なミスを⁉」と思わず突っ込みたくなるような不合理なこともたくさんしでかします。思考の癖や歪みというと「矯正しなければならないもの」と思うかも知れませんが、裏を返せば、その不合理さこそが「あなたらしさ」であり、ひいては「人間らしさ」でもあるのです。

 そんなかわいくて愛おしい脳。誰もが必ず一つずつ持っており、生涯寄り添っていくものです。本書が、そんなかけがえのない相棒とうまく付き合っていくお手伝いをできれば幸いです。

「気の持ちよう」の脳科学』毛内拡著、ちくまプリマー新書

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