単行本

人類は破滅を回避できるか?――その方途を考えるための必読書
橋爪大三郎『核戦争、どうする日本?――「ポスト国連の時代」が始まった』書評

「権威主義的国家が、核兵器を振りかざして暴れ回るのが、ポスト国連の時代」――。後戻りできないこの世界で、自由と民主主義を守るには何が必要か、日本はどうすればいいのかを論じ切った『核戦争、どうする日本?』。この書を、法哲学を専門とする井上達夫さんが書評して下さいました(PR誌「ちくま」2月号より転載)。

 橋爪大三郎氏の新著『核戦争、どうする日本?』は、いま世界を脅かす安全保障の危機を克服する方途について、あえて、「危険人物」扱いされかねない大胆な提言を行っている。戦争の現実から目を背けることが平和主義だと誤解している多くの日本人たちに問題を直視させ、議論を発火させようとしている。その思想的勇気に対し、憲法9条問題などについて「危険思想」を長年展開してきた者として、敬意と共感をまず表したい。

 本書を理解するために、その「時代背景」を略述しよう。

 2021年1月、米国大統領選挙敗北を否認し続けたトランプは、熱狂的支持者を扇動して米国議会議事堂を襲撃させた。民主主義が、その牙城たる米国において自壊の危機に直面した。バイデン新大統領は米国の信用回復を期待されたが、同年8月末、タリバン支配の復活を許すアフガニスタンからの米軍の無残な撤退で、米国の威信をさらに低下させた。2003年のイラク戦争以来の米国と欧州諸国との亀裂が一層深まった。

 このような民主主義陣営の混乱と米国の覇権の衰退により、中国の習近平は、自らの専制的支配体制の優越性を誇り、専制強化に向かうとともに、台湾への軍事圧力を高めている。さらに、ロシアのプーチンは、かねて準備してきたウクライナ侵攻の好機到来とみなし、2022年2月24日、侵攻に踏み切った。

 プーチンの思惑に反し、ロシアの侵攻は欧米をウクライナ支援・対露制裁に向けて再結束させ、早くから侵攻に警鐘を鳴らしてきた米国の信用と指導力を復活させた。台湾への中国の軍事的野心の抑止においても欧米は協調している。いまや世界は、冷戦時代の東西対立に代えて、ロシアと中国を中心とする専制圏と、欧米を中心とする民主圏とが、「熱戦」的武力衝突も伴う仕方で対峙する危険な体制間闘争の時代を迎えている。プーチンは再三核兵器使用の恫喝をし、中国は核兵器の大規模な増産を急いでいる。

 本書はこの時代状況を踏まえて、戦争は不可避という冷厳な認識に立つ。特に、中国の台湾侵攻は確実に起こるという。戦争は不可避だとしても、人類を破滅に導く核戦争は回避しなければならない。その方途は何か。本書の解答は以下の通りである。拒否権をもつ国連安保理常任理事国たるロシアが野蛮な侵略戦争を行う以上、国連は頼りにならない。かといって北朝鮮のように各国が核武装し自前の核の抑止力をもとうとするなら核戦争のリスクはかえって高まる。核不拡散体制は維持されなければならない。北米・欧州の集団的自衛権体制たるNATOを世界の民主国家全体に拡張した「西側同盟」を結成し、米国の核の傘に民主圏全体が入り、専制圏からの核攻撃を抑止する(英仏の核兵力は小規模で他国の傘としては不十分)。

 紙幅の制約で本書に対する詳細なコメントはできないが、基本的な疑問を一つだけ述べたい。米国の核兵力が濫用される危険性をいかにして抑止するのか。ロシアだけでなく米国も、ベトナム戦争、イラク戦争などの侵略戦争をデマで合理化して遂行してきた。何よりも、実際に核兵器を使用して大量虐殺をした前科をもつのは米国だけである。米国はいざとなったら単独主義的に行動する国家である。米国の核の傘に守られている西側同盟諸国に米国の「核の暴走」を止めることができるのか。

 付言すれば、諸国家が敵集団と味方集団に分かれて対峙する集団的自衛権体制が各集団の主導国家の恣意により戦争を拡大させる危険性に対処するのが、敵と味方を包摂する集団的安全保障体制である。国連はそのグローバルな形態である。国連は軍事的には無力だとしても、だからこそ、軍事的に対立する敵と味方との対話・交渉の場になりうる。国連は戦争一般や核戦争の回避手段として決して十分ではない。しかし、必要である。ウクライナ侵攻に対し国連総会が、安保理で拒否権を行使したロシアの説明責任を問うた。総会の安保理統制機能強化など国連改革を地道に進めるべきである(拙著『世界正義論』筑摩書房、2012年、第5章第3節参照)。

 米国と国連への評価の違いはあるにせよ、本書が、「唯一の被爆国の国民として核兵器に絶対反対」と言いながら日米安保体制の下で米国の核の傘に依存している多くの日本人の自己欺瞞を超えて、核戦争の実効的抑止策を真摯に探求していることを私は高く評価している。本書は、その結論に賛成するか否かに関わりなく、人類の破滅の回避の方途を真剣に考える者なら、いま読むべき書物である。

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