遠めの行路に印をつけて

ダラムサラーのレモンパイ (2)

完璧なレモンタルトの登場に驚いた、インド北部、ダラムサラーでの話の続き。

 その宿のカフェラウンジに集うのは、ほぼ欧米人で、小豆色の僧衣をまとった人も多く、チベット仏教の教義を学ぶために長期滞在している様子だった。僧衣を着た欧米人たちはみんな概して物静かで遠くを見るような目をしていた。延々と手紙を書き記している男性。家族に当てて近況を書いているのだろうか。剃り上げた白い頭部がまだらに赤い。剃刀負けか、それとも強い紫外線にやられたか。窓の景色がそのまま映る絵葉書に小さな文字を書き込んでいる女性もいた。これまで馴染んできたバックパッカーが集まる社交的で雑然としたラウンジとはちょっと違う静けさに満ちていた。

 窓際の席に座ると谷には白い霧が淀み、向かい側の山にぽつぽつと四角い建物と、幾重にも連なる祈禱旗が見えた。あの中に先ほど訪問してきた亡命してきたばかりのチベット人難民収容センターがあるのだろうか。彼らは4000メートル級の山を伝って亡命してくるという。ほとんどが専門の装備もなく着の身着のままに近い状態で、酷い凍傷を患う人も少なくないという。

 ネパールの山をトレッキングしていた時に出会ったチベット人たちを思い出す。ルクラからエベレストを背にして南下する形でキャンプしながら歩いていたある晩、テントの外で人の声がした。山賊か、強盗かと緊張しつつ入り口のジッパーを少し開けて外を覗くと真っ暗闇のなかに焚火を囲む人影がみえた。疑うわけではないが一応なと、外に放り出していたトレッキングシューズをそっとテントの中に仕舞い込んで身体を横たえた。なにやらみんなで歌を歌っている。ひとり旅ではなく、別のテントに同行人たちがいたのだが、どうしても不安は拭えずあまりよく眠れないまま明るくなってきた。あたりを見渡せるようになって、もう大丈夫だろうと上着を着込み、靴を履いてテントから出てみると、二十メートルほど離れたところに彼らがいた。五、六人いただろうか。テントもなく、地面に直に布団を敷いて寝ていたのだ。まだ冬と呼ぶ季節ではなかったけれど、朝晩の冷え込みはかなりのものだったのに。

 盗賊かもしれないと怖がっていたのも忘れて布団に近づいていくと、布団に寝たまま男性がこちらに気づき、

 ハロウ! と明るい笑顔を向けて来た。疑って悪かったと思わせるような、屈託のない笑顔で思わず

 大丈夫? 寒くない? と聞いた。

 寒くないよ。布団があるから大丈夫。

 朝日が差し込むと同時に他のひとたちももそもそと起き出して、布団を丸めて荷作りを始め、私がガイドに呼ばれて温かくて甘いミルクチャイを飲んでいるうちにサッサと出立していった。ガイドに尋ねると、中国チベット自治区から山を伝って来る徒歩亡命者は少なくないとのことで、首都カトマンズやダライ・ラマ十四世のいるインドのダラムサラーを目指すとのことだった。カトマンズにもチベット亡命政権の難民収容センターがある。

 難民収容センターを案内してくれた青年によれば、彼らはチベットから逃げて新天地で暮らしていきたいわけではなく、ダライ・ラマ十四世の下で仏教を学び、またチベット本土に戻っていくのだという。正しい仏教を本土に伝えてゆくために。戻ることが前提の亡命なんですか? 戻ったときに罰せられたりしないのですか? と何度も聞き直した。私がイメージする亡命は、あくまでも行ったきり戻らないものだったから。もちろんダライ・ラマの下で仏教修行を修めた後に「結果として」本土に戻らず第三国に行ったりインドやネパールにそのまま残って外国人観光客相手の仕事をはじめる場合もある。ハードな行軍の末の学びは決してゴールではないのだ。その先を生きねばならない。

 チベット人も欧米人も、ダライ・ラマの教えを強く求めてこの小さな山の上の小さな町の寺院に集まってきている。強い信仰を持たない私にはなんとも不思議な空間だった。チベット僧との区別がつかないだけで、もしかしたら日本人修行僧もいたのかもしれない。もしかしたらボブも、そのひとりだったのだろうか。

 翌日またケーキを食べようとラウンジに入っていくと、ボブが奥の厨房で話しているのが半開きのドアから見えた。首を伸ばして覗くとチベット人の子供たちが六人ほど、ボブと大鍋を囲むようにしゃがんでいる。

 さあ、まずはジャガイモの皮むきだ。ナイフをこうやって持って……そう、いいね。

 子どもたちは真剣に目を輝かせてジャガイモの皮を剝いている。ボブも笑顔で手元を子どもたちに見せながら、いっしょに剝いていく。山盛りのジャガイモがどんどん剝きあがっていくのをいつまでも見ていたくて、私はカウンターに肘をついたまま声をかけるのも忘れて立っていた。

 今、グーグルマップでアッパーダラムサラーを開くと、カフェやイタリアンレストランがたくさんヒットする。ボブ自身が独立してお店を構えているかもしれないし、彼が教えたあの子たちが、料理人になってお店を開いているのかもしれない。あの時食べられなかったピザを、今訪ねて行ったら食べられるだろうか。

 あれから私はレモンがたくさん取れる島に移り住んで、レモンの皮をすりおろしてカードを作り、ボブと雲の上の街に思いを馳せる。