遠めの行路に印をつけて

テキサスウェディング(2)

テキサス・ヒューストンのアンディの結婚式。遠方からも一族が大挙して詰めかけ、前々日・前日も、と盛大にパーティは続くのだった。

レストランを借りて行われた前日、前々日のディナーパーティーは、予想をはるかに上回って退屈だった。私の英語力ではネイティブでテキサス訛りの英語を聞き取れないことがなにより大きい。私に対して話しかけてくれるときは、みんなおそらく発音もはっきり言葉も区切って話してくれるから聞き取れるのだけれど、数人でのやり取りになるともう見事に聞き取れず、話からとりのこされてしまう。

トミーが隣に座ってくれて時々日本語に通訳してくれたりするのだが、残念ながら話の内容自体が一族の思い出話(なぜか貧乏苦労話が多かった)か消息なので、よそ者が興味を持って聞き入るような内容ではなかった。

アメリカ人は思っていたよりも親族の絆が強く、結婚の際には時差を超え飛行機に乗って集まり何日も宴会を開く。その現場に立ち会い眺める機会なんて自分の人生のなかで今後もまずないことだろうと思うと、明日の結婚式、披露宴もつきあってみるかという気持ちになれた。

翌日、結婚式はつつがなく終り、広々した観光牧場でガーデンパーティーが始まった。しずかに観察していると、私のように退屈を持て余すよそ者が他にもいることがわかってきた。たとえばトミー、アンディ兄妹の末の妹であるメアリーの彼氏だ。メアリーは二十代半ばで飲み屋で働いていて、彼氏は同業なのか、白人でいかつい装飾をジャラリと付けたタイプ。他のごく普通の無難な恰好をした人たちの中でメアリー以外に話す相手もなくポツンと浮いていた。

ちなみに結婚式もガーデンパーティーも、アンディの意向でカジュアルな恰好でオーケーだったので、私も普段着のまま参加していたし、タキシードやイブニングドレスを着る人はいなかった。彼がいかつい恰好をしていても、ルール違反だったわけではない。

そう、この集まり、どうやらメアリだけでなく、ステディな相手がいれば連れてくることというのが暗黙のルールであるらしい。いかにも西洋人社会っぽいな。ということは、もしかして私、ちょっとトミーの恋人に見られてしまうのかな?  トミーよりかなり年上だし結婚しているから自分としてはそんなつもりはまるでなかったのだけど。アメリカ人からすればアジア人の年齢とかわからないだろうし。いやまさか自意識過剰か。

しかしそのまさかの予感は、的中した。

「トミーとあなた、とてもいい感じね。どこで知り合ったの?東京で?」

「トミーとあなた、お似合いよ。素敵ね」

なんと、私にガーデンパーティー中に話しかけてくれる人のほとんどが、トミーと私が付き合ってる、もしくは結婚前提の関係にあるととらえているのだった。うーむ、どうしよう。

唯一、キャリアウーマン風の三十代くらいのブルネットの女の人は、

「トミー、すてきよね。すごくタイプで気に入ったの。あなた仲良い友達なんでしょう? 彼のこと、教えてくれない?」

と、とってもストレートに聞いて来た。これはこれで「彼、ゲイなのよ」と言ってしまうわけにもいかずで、対応に苦慮した。

「トミー。わたしたち付き合っているようにみられてる気がするんだけど?」

トミーが近くに来た時に話しかけた。私はパーティーの途中から動画を撮る役目を引き受けて、ビデオカメラを招待客にまんべんなく向けて笑顔や決めポーズを引き出していた。参加者を遠慮なく観察できるし込み入った話をしなくても済むので助かっていた。前日、前々日のレストランのパーティーよりは動けるだけで楽だ。トミーも心置きなく私を置いていとこたちと一通り話し込んで、私のところにきたところだ。

「ああ、それね。僕も言われてるよ。留学先で見つけたのかい、やったな、とか……。彼女結婚してるんだよって言ったらおっと不倫か、頑張れよ、なんて返されちゃった」

ええええ。そうなの??

「ジュンコは大丈夫? アンディもそんなつもりで招待したわけじゃないんだけど、とても申し訳ない」苦笑いしながら私を気遣う。

いや、まあ、ここ日本じゃないし、ぜんぜん大丈夫だよ。それで平和に収まるのならそれもいいんじゃない?

私としてはまさかの驚きはあるけれど、それでトミーやアンディが助かるのであれば、まあいいか、だ。アメリカに住んでずっと長期にわたって仮面恋人を演じるでもなし、旅の途中で出席するこのパーティーさえ乗り切ればいいのだから。否定も肯定もしないでうやむやにして誤解させるくらいなら、むしろ面白いじゃない。

「ジュンコがそれでいいなら……」

それにしてもこの盛大なガーデンパーティー、二百人の招待客がいて、アジア人は私ともうひとり、アンディの親友だという中国系の女性だけ。アフリカ系もいない。ヒスパニックはどうなんだろう。明らかなヒスパニックはいないように思える。つまり見渡す限り白人ばかりに見えるんだが。多民族国家と言われながら、こんなふうに人種で住み分けているものなのか。これが同じアメリカでも西海岸やニューヨークなどリベラルな都市での結婚式ではまた違うかもしれないけれど。

 ま、ちょっと面白い経験だったかな。なんとか無事にパーティーを終えて、明日はトミーとヒューストン観光でもできるのかなあ、なんて思いながらアンディの家にみんなで戻ったのだったが。なんと、明日もランチ会があるとのこと。えええ、全員集合して終わりかと思ってたんだが、まだやるの?? すごいな、その一族愛。アメリカって個人主義の国じゃなかったのかあ。