遠めの行路に印をつけて

テキサスウェディング(3)

結婚式の翌日も続く食事会。テキサス流家族主義にお腹いっぱいの著者が、トミーを励ますためにいたずらをしかける。

翌日、またもや車に詰め込まれて辿り着いたのは、レストランではなく個人の家だった。しかもとても重厚な家だ。泊まっているアンディの家と比べて敷地も広くて庭も広い。庭はまるで雑誌に出てくるように美しく、とてもよく手入れされている。主人はトミーやアンディのお父さんのお兄さんのようだ。厳粛そうな雰囲気のおじさまだ。せっかくヒューストンに来てるんだからうちにも寄りなさい、なんていかにも言いそうな雰囲気。立派なおうちを持つ人は家にひとを呼びたがるのは全世界共通だな、きっと。

 集まったのは父方の親族の模様。いったいトミーのお父さんは何人兄弟なのだろう、四人か五人か。六十代のカップルにその子どもたちがそれぞれパートナーや子どもを連れて来ているのだが結構な人数だ。指さして数えるわけにもいかないまま広間のソファに腰掛ける。全体を見渡して、メアリーと彼氏が来ていないことに気づく。彼らガーデンパーティーで相当飲んで酔っぱらっていたから起きられなかったか……。

ローテーブルには女主人手作りと思われる料理が銀のトレーに載ってキッチリ並んでいる。まるでアメリカの料理番組に出て来るような、美しいパーティー料理だ。勧められて食べてみるととても美味しい。きちんと手間をかけて作ったのだろう。どれもレストランで食べた料理よりも美味しかった。これが古き良きアメリカンファミリースタイルなのよという強い主張すらにじみ出ていると言ったら考えすぎだろうか。

 和やかな雰囲気のまま料理を食べてデザートが運ばれてくるあたりで、記念撮影会がはじまった。おじさま連中で、孫縛りで、とかいろんな括りで集まり写真を撮るうちに血縁はないけど嫁や婿としてここにいる人たち縛りで写真を撮ろうということになり、あなたも来なさいと呼ばれた。えっ?? ととまどって顔を見合わせる私とトミーに、いいじゃない、君たち近いうちに結婚するんだろう? もう我々一族の一員も同然だよ、と声がかかる。

 うううーむ。昨日一日みんなに聞かれて曖昧にごまかしていたツケがこう来たか。この写真が皆さんのアルバムに収まるの、忍びないなーと思いながらにっこり笑ってポーズをとり、他の婿や嫁たちと写真におさまる。言われてみればみんななんとなく遠慮がちな笑顔を浮かべている。義務感でここにいるのかもしれない。私だけじゃないのだな。みんなお疲れ様と心の中でエールを送ってみる。

次はトミーとジュンコ、二人でどうだい。わっと場がもりあがる。いまが恋人同士でホットな時期なんだろうという冷やかしである。うお、こりゃ思ったよりもキツイ。だ、だいじょうぶかな、とトミーを見上げると、顔から表情が抜けて仏像みたいになっている。気の毒に。

「いっそのことキスでもしてみせる?」私の肩を抱いて寄り添いながら、トミーが日本語で呟く。口の端は上がったけれど、目が死んでいる。

写真を撮り終わったところでトミーのお父さんがするっと近づいてきた。私に向かって小さく「ソーリー」と呟く。トミーのお父さんは冗談が大好きでいつも目をまん丸にくりくりさせながらシニカルなジョークをかましている人だったので、こんなに真面目で辛そうな目を見たのは、はじめてだ。胸が詰まる。

みんなが善意で盛り上げてくれているはずなのに、すさまじい気まずさ。いや、私の気まずさなどトミーやお父さんやお母さんが感じている辛さに比べたら大したことないのかもしれないけれど。男女が結婚して家族を築くのが幸せで正しい生き方と疑わないことが、そこにあてはまらない人の心をこんなにも傷つけるのか。どうにか、どうにかしてトミーを笑顔にしたいのに、何もできない。

 

「そういえばジュンコは日本でイラストレーションを描いてるんだって?  せっかくだから何か記念に描いてもらおうかな」

撮影を満足そうに眺めていたおじ様がなにか言うと、奥様が奥の部屋から色紙を持ち出して来た。では喜んで。

こういう時のために筆ペンは持ち歩いている。ではあなたを、カートゥンっぽく描きますね。そう言って七十代前半くらいの、威厳溢れる白いTシャツ姿の一族愛に溢れるおじ様をちゃっちゃと描きはじめた。かわいらしいところがあるトミーのお父さんとは兄弟とは思えないくらい似ていない。けれど彫りが深く皺の多い白人男性の顔はとても描きやすい。ちょっとハンサムにするのも忘れずに。

私の手元をにこやかに注視する善意のひとたち。ふとぶっ壊したくなるけど壊せないこの空気をイラストに盛り込んでみたくなって、Tシャツの胸のところに漢字二文字を書き込む。毛筆書体でくっきりと。ハッとトミーが息を吸って小さく叫ぶ

「ジュンコ!! 」

「日本の文字だね。すばらしい。なんて書いてあるのかい」おじ様は嬉しそうだ。どこの国でも漢字を書くとなぜかみんな喜んでくれるのだ。そんなにエキゾチックなんだろうか。もちろんだーれも読めない。読める人に出会ったことは皆無だ。

「ファミリーの大切さを表す言葉です。説明してあげて、トミー」

トミーは早口でなにやらみんなに説明している。たぶん噓っぱちを並べたてているんだろう。だって私は「保守」って書いたのだから。トミーはさっきまで仏像みたいだった顔が一変、笑いをこらえて爆発しそうになっている。

間違ってはいないよね? それに別にネガティブな意味ってわけでもないしさ とトミーにささやく。

「ジュンコ……」

何の解決にもなってないけど、トミーが笑ってくれてすこしだけ気持ちが軽くなった。

あれから十五年。色紙はあの立派な邸宅のどこかにしまい込まれているんだろうか。それとも捨てられただろうか。同性愛者の権利運動は当時からあったけれど、その後LGBTQ+という言葉ができて、大きなムーブメントとなり性的マイノリティ全体の問題としてより広く知られ、世界的に共有されるようになった。

同性婚も州ごとに紆余曲折はあれど、最高裁判決を経て、2022年には連邦政府が法制化している。トミーは親族にカムアウトしただろうか。今もSNSで消息を報告し合うけれど、聞いてみたことは、ない。

(登場人物は仮名にしております)