作家という仕事
まずは僕が何者なのか自己紹介をしたほうがいいだろう。どこの誰なのかまるでわからない大人からいきなりあれこれ言われても怪しいだけだからね。
僕はいろいろなことをやっているので、ひとことでは言いづらいのだけれども、一番わかりやすい職業名で言えば作家だ。
作家と聞いて君たちはどんな仕事を想像するだろうか。小説やエッセイを書いている人がぼんやりと頭に浮かんでいるんじゃないだろうか。
ところが、作家といってもいろんな種類がある。もちろん君たちが知っているような小説やエッセイを書いて雑誌に載せたり本にしたりする人もいるけれども、企業から頼まれて商品やサービスをわかりやすく説明するための文章を書く人もいるし、テレビやラジオ番組の台本を書くことが中心の人だっている。誰かにインタビューをして記事にまとめる人もいるし、パンフレットに短い文章を書くのが得意な人、タレントや会社の社長といった忙しい人たちに代わって、その人の名前で本を書いてあげることを専門にしている人なんてのもいる。ときどき街の中で開かれているイベントなどで司会者がマイクを持って楽しそうに話している姿を見かけることがあると思うけれども、あのセリフだって誰かが書いているのだ。
作家というだけでも、少し考えるだけでこんなにいろいろな種類の仕事が思いつくのだから驚いてしまう。そして、そのほとんどをたぶん君は知らないし、僕だってぜんぶを知っているわけじゃない。もちろん君の周りの大人たちだって知らないはずだ。もしも君が作家になりたいと言ったときに大人たちの頭の中に浮かぶのは、たくさんある作家仕事のうちの、たぶんほんの一つか二つだけでしかない。でも、その数少ない知識で作家は良いだの悪いだのと言うわけだ。
話が逸れてしまったので元に戻そう。僕はいったい誰なのかという話だった。さっきも書いた通り今は作家をやっているけれども、僕はずっと作家だったわけじゃない。
誘われたら断れない
高校を卒業したあと、ブラブラしながらなんとなくスーパーマーケットで働いていたのだけれども、やがてひょんなことからゲーム会社に入って開発の仕事をすることになった。ところがずっとゲーム会社にいたわけじゃなくて、そのあとも転々と職が変わっていく。
レコード会社で音楽ディレクターとしていろいろな音楽の制作をしたり、イベントの照明や音響を担当したり、専門学校で先生をやっていた時期もある。自動車メーカーの手伝いでは海外のレース場で寝泊まりしたし、インターネットが登場したばかりのころはWEBサイトをつくる会社で働きながら、舞台の美術をつくっていた。CM音楽をつくる会社にいたこともあれば、放送局でテレビ番組の制作をしたこともある。細かすぎるので、ここには書き切れないものもたくさんあって、自分でもよくもまあこんなに職を転々と変えてきたなあと驚いてしまう。
今のところは作家として小説やエッセイを書くことを主にやりながら、テレビ番組やイベントの台本を書いたり、広告の企画をしたりしているものの、これだっていつまで続くのかはわからない。
こんなふうに、いろいろと業界や職種を変えてきたわけだけれども、この中で僕が自分から「これをやりたい」「この仕事をしたい」と思って始めたものは実はほとんどない。
僕は主体性があまりないし、自分の意見もたいして持ち合わせていないので、人から何か言われるたびに「あ、そうかも」と意見を変えてしまう。あまりにも「あ、そうかも」と口癖のように言うので、ついにはペンネームまで浅生鴨にしてしまったくらいなのだ。
誘われたら断らないというか断れない。その結果がこのめちゃくちゃな職歴なのだ。たまたま募集の広告が目に入ったからだとか、誰かに「ウチで働かない?」と誘われただとか「これやれば?」と言われたからだとか、とにかく自分以外を理由に始めたものばかり。なにせ僕は仕事をしたくないのだ。やりたいことは特に見つからないし、自分に何ができるかもわからない。そんな僕が自分から進んで働き始めるわけがない。
それでも声をかけられるまま、誘われるままにいろいろな職を転々としてみると、どの仕事もだんだん自分に合っているように思えてくるから不思議だ。たぶんもともと僕に合わない仕事は最初から僕のところへはやって来ないのだろう。僕が仕事を選ぶのではなく、どうやら仕事が僕を選んでいるようなのだ。頼まれたり誘われたりってのはそういうことなのだろう。
さて、こんなに気ままに職を変えてきた僕が、はたして仕事について君たちにちゃんと伝えられるのだろうかと、ちょっと不安になってきたが、この原稿だって頼まれて書いているのだから、きっと上手くいくに違いない。