選ばない仕事選び

第4回 仕事と職業って違うもの?

作家でありながら、自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける、浅生鴨さんの新連載第4回。「医者」や「教師」や「公認会計士」って仕事なのだろうか?と疑問を持ち始めた浅生さんの答えは??

この連載の第一回に僕は「ゴロゴロするだけでは生きていけない」と書いたけれども、じつはゴロゴロすることと生きることは何の関係もない。本当はゴロゴロしていたって生きていけるはずなのだ。
僕の家には何匹かの猫がいて、みんな好き勝手にゴロゴロしているが、ちゃんと生きている。それなのに、どうして人間は働かないと生きていけないのか。そのあたりのカラクリがわかれば、もしかすると僕だって働かなくてすむかもしれないじゃないか。でも、その話をする前に、仕事とは何なのかをもう少しだけ考えておきたい。

学校で先生に「将来はどんな仕事がしたいのか?」と聞かれたときに、みんなはどう答えるのだろう。僕が中高生のころにも同じような質問はされたし、たぶんその当時の僕たちも「教師」だとか「医者」だとか「八百屋」だとか「建築家」だとか「ゲームクリエーター」だとか「新聞記者」なんてふうに、思いつくまま適当に答えていた。たいして知らないのだから、そのときに知っているものを答えるしかない。先生だって同じことだ。世の中の仕事のほとんどを知らないのだから、知っている範囲の中から「おまえは数学が得意なんだし、公認会計士になればいいんじゃないか」なんてことを言ってくるわけだ。

仕事とは行動だ

でも、仕事についてあれこれ考えていると、この「医者」や「教師」や「公認会計士」ってものは、はたして仕事なのかという疑問がフツフツと僕の胸の内に湧き上がってくるのだ。
僕が勝手に決めた結論から言えば「医者」や「教師」や「公認会計士」は職業であって仕事ではない。少なくとも僕はそう考え始めている。
仕事とは動作なのだ。何かをするのが仕事なのだ。前回僕は仕事とは偶然出会うもの、向こうからやってくるものだと書いた。つまり僕にとって、偶然やる羽目になった行動が仕事なのだ。

医者の仕事は人を治療することだし、教師の仕事は教えることだ。ピアニストの仕事はピアノの演奏をすることで、八百屋の仕事は野菜を売ることだ。
医者や教師という呼び名は立場を表すものであって、仕事そのものではない。もちろんその二つははっきりと切り離せるものではないから、職業を仕事と言うこともできるだろう。でも、本当は別のものなのだと僕は思う。
たいていの職業には、その職業特有の行動がある。そして、その行動こそが仕事なのだ。

そう考えると「将来はどんな仕事がしたいのか?」と聞かれたときの答えが変わってくるかもしれない。医者になりたいのか、それとも病気やケガで困っている人を助けたいのか。教師になりたいのか、それとも誰かに何かを教えたいのか。それは似ているようだけれども、まるで違うものじゃないだろうか。
職業ではなく仕事を答えてみる。何になりたいのかではなく、どういう行動をしたいのかを考えてみる。
世界中を旅行して回る人になりたい。地球の環境汚染を解決したい。新しい服をみんなに紹介したい。細かな音を聞き分けたい。汚れている場所をきれいにしたい。みんなの健康を守りたい。その行動こそが仕事なのだ。
世の中に対して自分はどんな行動をしたいのかを考えれば、たぶん職業の選択肢はどんどん広がっていくはずだ。働きたいなら、の話だけどね。

会社員の仕事とは

ところで、会社員とは職業なのだろうか。アンケート調査や公的な書類の職業欄には必ず出てくるけれども、あれは本当に職業なのか。ピアニストの仕事はピアノの演奏をすることで、ドライバーの仕事は車の運転で、清掃業者の仕事は掃除をすることだが、はたして会社員の仕事とは何なのだろうか。
たとえ会社に勤めていても、新しい製品の研究開発をする人の職業は開発者であるべきだし、商品やサービスを売る人の職業は営業だろうし、その会社や会社の商品を広める人の職業は宣伝広報と呼ばれるはずなのに、なぜかみんなまとめて会社員である。実際にはそれぞれ別の職業で、それぞれ特有の行動があるのに、なぜか会社員が職業とされて、自分たちもそう思っている。
けれども、会社員そのものには特有の行動がないのだ。僕の勝手なルールで言えば、特有の行動がないものは職業ではない。
あえて言うならば、会社員の仕事とはその会社に所属することだろうか。所属している会社の指示に従うこと。もしかすると、それが会社員に特有の行動なのかもしれない。
たしかに僕だって会社勤めをしていたころには、職業欄の選択肢では「会社員」を選んでいた。今思えば、ちゃんと「その他」を選べばよかった。
ついでに言うと、転職という言葉がある。ロールプレイングゲームのジョブチェンジでは戦士から魔法使いになったり、薬師から盗賊になったりと、職業を変えていくわけで、あれこそ言葉通りの転職だけれども、日本で一般的に転職というと、職業を変えるのではなく所属する会社が変わることを指しているからややこしい。
それほど知人が多いわけじゃないけれども、それでもときどき「このたび転職しました」と連絡をいただくことが僕にもあって、そのたびに「いやいや、それは転職じゃなくて転社だろ」と心の中でキビシめのツッコミを入れることにしている。

とにかく僕は働きたくない。ずっとゴロゴロしたまま暮らしたいのだ。もしも行動が仕事なのだとしたら、ゴロゴロすることだって仕事だと言えるんじゃないだろうか。はたしてゴロゴロは仕事なのか。それとも仕事ではないのか。
それは次回以降の話だ。