冷やかな頭と熱した舌

第13回 
本屋の勘(かん)

全国から注目を集める岩手県盛岡市のこだわり書店、さわや書店で数々のベストセラーを店頭から作り出す書店員、松本大介氏が日々の書店業務を通して見えてくる“今”を読み解く!
2017年の一発目は昨年の有馬記念から読み解く本屋の勘について。

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「有馬記念」を「本屋大賞」にたとえる

 これから少々競馬の話が続くが、ご辛抱いただきたい。
 もしも分かりにくければ、こう読み替えていただければと思う。有馬記念=「2016年本屋大賞」、キタサンブラック=前評判の高かった『君の膵臓をたべたい』(住野よる 双葉社)、サトノダイヤモンド=大賞受賞作『羊と鋼の森』(宮下奈都 文藝春秋)、ゴールドアクター=直木賞を受賞した『』(東山彰良 講談社)、サトノノブレス=大賞作品と版元が同じ『火花』(又吉直樹 文藝春秋)。

 1周目のホームストレッチを通って1コーナーを回ったところで、C・ルメール騎手に促されサトノダイヤモンド(『羊と鋼の森』)がするすると上がっていった。

 昨年最後の日曜日。第61回有馬記念(「2016年本屋大賞」)は、25日のクリスマスに開催された。この日僕は休みだった。テレビの前に陣取ったのは10分ほど前だ。夏のオリンピックが開催された年には、1996年のアトランタから2012年のロンドンオリンピックまで1番人気が勝っているとのジンクスを紹介するアナウンサーの言葉を鼻で笑う。ジンクスに一喜一憂するほどロマンチストではない。それでも、一瞬よぎった不安を期待と興奮とで押し込めた。ファンファーレが鳴り、枠入りも済んで、各馬が遅れることなく一斉にスタートした。

意外なレース序盤

 2500メートルで争われる有馬記念は、中山競馬場を1週半するコースで争われる。スタートからは自分が本命に選んだ馬以外は目に入らなかった。1周目のスタンド前を各馬が通過し、1コーナーを回ったところで、冒頭の光景が視界に割り込んできたのだった。異常を察知し、口から一瞬遅れて「えっ」と声が漏れる。1コーナーからサトノダイヤモンドが仕掛けるという想定外の展開に、頭が追いつかない。
 今年の1000メートルの通過タイムは61秒。平均よりも少し遅い。スローペースになると前を走る馬が余力を残し、リードを保ったまま逃げ切ってしまうことが競馬ではままある。過去に幾度も、力が劣るとみられていた逃げ馬が波乱を演出してきた。このままでは逃げ馬にして、今年GⅠを2勝している実力馬キタサンブラック(『君の膵臓をたべたい』)に本レースが有利に働くことは必定だった。

 キタサンブラックという馬名を聞いたことのある方も多いだろう。演歌歌手の北島三郎氏がオーナーであることから脚光を浴び、ワイドショーなどでもたびたび取り上げられている。サトノダイヤモンドが昨年制したGⅠ、菊花賞の前年の勝ち馬が前をゆくキタサンブラックである。新旧の菊花賞馬の競演としても注目度は増しており、今回はこの「二強」で決まるのではないかと予想されていた。古馬(4歳以上の馬)となったキタサンブラックは昨年、春の天皇賞とジャパンカップという価値あるGⅠを2勝して、この有馬記念も制するのではないかとの見方が大半だった。

〈「サトノ」ダイヤモンド〉と〈「サトノ」ブレス〉

 そのキタサンブラックを、2コーナーを過ぎた向う正面の入り口で、サトノダイヤモンドが捉えた。2015年の有馬記念を勝ったゴールドアクター(『』)を追い越し、キタサンブラックのすぐ後ろである3番手まで順位を上げてきた。この時点で残り1000メートル。
 競馬には色々なタイプの馬がいるが、レースのどこで仕掛けるのかによって大まかに4つに分かれる。スタートダッシュを決めて先頭に立つ「逃げ馬」、そのやや後方で様子を見ながらレースを進める「先行馬」、馬群の真ん中より後方で待機する「差し馬」、最後方から最後の直線にかける「追い込み馬」の4通りだ。「逃げ馬」と「追い込み馬」が自分の型を持っているのに対して、「先行馬」と「差し馬」は相対的にレース運びが器用な印象がある。
 これまでのサトノダイヤモンドのレース運びは中団でじっと脚をため、直線で長くいい脚を使う(伸び続ける)というものだったから、レースの中盤で順位を押し上げるために脚を使うのは考えられない戦法だった。各馬の騎手たちも予想外だったのだろう。人気を集めた2頭が積極的に前のポジションを取りに行ったのを見て、置いて行かれては勝負にならぬと、それぞれがペースを上げる。その意表外の展開の中にあって、ルメールの動きを知っていたかのように動いた騎手が1人だけいた。サトノノブレス(『火花』)に跨(またが)ったV・シュミノー騎手である。ルメールと同じフランス国籍のシュミノーが、同厩舎で同じ「サトノ」という同じオーナーの冠名がつく馬に騎乗したのは、はたして偶然だろうか。
 残り800メートル、3コーナー手前でシュミノーは自分が跨ったサトノノブレスをキタサンブラックに競りかけた。抜かせまいと瞬間的に反応したキタサンブラックのスピードが上がる。3コーナーを回ってさらにスピードを上げ、4コーナーへとなだれ込む一群の人馬たち。そのなかにあってサトノノブレスは、役目は果たしたとばかりにズルズルと後退していった。

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