だが、私がここで紹介したい「フィレンツェの石」は大理石ではない。フィレンツェをふくむトスカナ地方には、大理石のように変成作用を受けていない石灰岩も豊富にある。その中に非常にユニークな模様をもつ一群があり、「フィレンツェの石」と呼ばれてきたのだ。
石灰岩は海洋生物由来なので、当然、貝の化石など、生物の形がはっきりと残っているものも多い。太古の海に埋もれた動物の形が石の中に残り、それが土地の隆起によって高い山の中から出てくる──今は学校で誰もが習うことだが、かつてはアルプスやヒマラヤで採れる石の中に貝や魚の姿が入っていることは、なかなか説明のつかないことだった。化石は「魚や貝の絵が入っている不思議な石」として、人の顔のような形が見える石、文字のような形が見える石などとごっちゃに議論されることも少なくなかったのだ。そうした「絵の石」の中でも、最も変わり種といえるのが、「フィレンツェの石」の中でも特に有名な石パエジナだ。
トスカーナ地方の北アペニン山麓などで採れる石灰岩の中には、まるで自然の景観を写しとったかのような、あるいは砂漠にうち捨てられた都市の廃虚を描いたかのような模様をもつものがある。岩山が連なり、空に雲が浮き、青い海があり、地面にはまばらに木々さえも生えている。パエジナ・ストーン(風景の石)、または廃墟大理石と呼ばれるこれらの石は、ルネサンス期に、魚や貝の姿が入った石とならんで、大きな謎を秘めた石として注目された。