パエジナはフィレンツェを統治したメディチ家に珍重され、教会の内装や家具の装飾に使用された。16世紀から17世紀には、ヨーロッパ諸国の王侯貴族たちの間でも、自然界の謎を秘めた不思議な石として関心をあつめた。この時代、世界の周縁は一気に拡張された。新大陸や太平洋から次々に珍しいものが持ち込まれ、「世界のイメージ」もまた、爆発的な広がりを経験した。当時の富裕層の間で、世界各地から集められたさまざまな珍奇な物品を陳列する「驚異の部屋(ヴンダーカンマー)」が流行するが、パエジナもそうした陳列室にふさわしいものとして、取引されるようになる。神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世はパエジナが多数埋め込まれたキャビネットをもっていたという記録があるし、フランスの宰相リシュリュー、マザランもパエジナに強い関心をもっていた。
17世紀、この石の取引で中心的な役割を演じたのは、アウグスブルクのコレクターであり美術商、フィリップ・ハインホッファーだ。ハインホッファーはさまざまな珍しい石や南方の貝やサンゴ、絵画や象牙の彫刻などをふんだんにあしらった「アートのキャビネット(クンストカンマー)」をいくつも作成した。スウェーデン王グスタフ・アドルフ2世がハインホッファーから求めたキャビネットにはパエジナが、引き出しテーブルと、上部の観音開きの戸の内側にあしらわれている。上部のパエジナには旧約聖書の場面が描き加えられている。キャビネットは四面の厨子(ずし)のような構造になっており、絵が描かれた瑪瑙やジャスパーのメダリオンや、フィレンツェ風のモザイク画がびっちりと埋め込まれている。扉を開くと鏡、はさみ、筆記用具などの道具やボードゲーム盤、機械仕掛けの人形、鍵盤楽器、精緻な刺?を施した小箱など、人間の技術、芸術に関わるさまざまなアイテムが収蔵されている。キャビネットは実用的なものではなく、小さな博物館、当時としては、自然の造形の神秘と人間の芸術の粋を詰め込んだ、世界のミニチュアのようなものだった。