筑摩選書

「巨大な不可解」ストーンヘンジ
『ストーンヘンジ』はじめに

だれが作ったのか? 何のために建てられたのか? 石はどうやって運ばれたのか? その謎ゆえに多くの人びとを惹きつけてきたストーンヘンジ。この世界で最も有名な古代遺跡について、最新研究をもとに解説したのが山田英春『ストーンヘンジ』(筑摩選書)です。その「はじめに」を、ここに公開いたします。また、カラー図版多数の本書より、数点の図版もあわせて公開いたします。ぜひお読みください!

 

『ストーンヘンジ』本文より

 ストーンヘンジは不思議な遺跡だ。
 世界で最も有名な先史時代の遺跡のひとつだが、「こういうものだ」と簡潔に説明するのは難しい。その姿にはどこか合理的な解釈を拒むようなところがある。石が組み上げられているから建造物には違いないけれど、いわゆる「建物」ではない。一見、どこが入口なのかもわからない。屋根がつけられるような構造ではないし、その痕跡もない。何らかの宗教施設、神殿なのだろうと昔から言われてきたが、石の柱に刻まれた神像もなければ、装飾を施した祭壇のようなものも見当たらない。供物のようなものも出土していない――。
 細長い石のブロックを組み合わせた構造は、現代の芸術家がシンプルな形と幾何学だけを用いて作った抽象的な立体作品のような趣もある。眺めていても、作り手の心性や社会の姿がイメージできるような具体的な手がかりが見当たらないのだ。いつの時代のどの世界からやってきたものなのかわからないような、なんともいえない不可解さに包まれている。
 この、巨石が立ち並ぶ重厚な存在感とまったくつり合わない、具体性や自らを語るものの欠如こそが人びとの関心をひきつけてきた。
 建築家や考古家、学者たちは、なんとかしてその起源をもとめようと、世界中に似たものを探した。ローマ時代の建築に似たところがある、ヴァイキングの故郷にあるものと似ている、ギリシアのミノア文明の建造物に似ているのではないか、むしろエジプト文化の影響が強い――。さまざまな仮説が提示されてきたが、大勢が納得するような「似た様式」は見つかっていない。
 では、純粋にブリテン島の中で生まれた様式なのだろうか。それにしても、不思議なことに周辺にも、この形状に至るまでのプロトタイプのようなものはない。
 いったいこれは何なのか――。もしかしたら私たちが知らない太古の文明の産物、いや、異星から訪れた者たちが残したものではないか――こんな本やテレビ番組や動画が溢れている。こうした極端な見方は現代に限ったものではない。歴史書に記録が残っている中世からずっと、巨人が作ったものだ、有名な魔法使いが組み立てたものだ、悪魔が一晩で立てたものだ、伝説のケルトの祭司ドルイドが生贄の儀式を行った場所なのではないか、アトランティス人の末裔が作ったのだ、いや、これはエデンの園の名残であり、最初の人間・アダムがつくったものなのだ……と、ありとあらゆる想像、物言いがこの「巨大な不可解」に投げ込まれてきた。世界中でこれほど多様なイメージの歴史、文化史といえるものを背負っている先史時代の遺跡は他にない。ストーンヘンジに対する語りには、時代ごとのさまざまな歴史観、世界観が織り込まれてきたのだ。

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