私がこの『ミッキーかしまし』を読んで、まずびっくりしたのは、次の二つです。
1「はじめまして」から、はじまっていること。
2文章の多くが、ですます調で書かれてあること。
作者が、小説とはまったく違う姿勢で、執筆に臨んでいるのが、わかります(影響を受けた私は、この書評も、ですます調で書かせていただくことにしました)。
これらはおそらく、読者と自然な感じで向き合って、挨拶しようとしている仕草なのだろう、と思います。「私は、こんな人間です。どうぞよろしく」という具合に。
しかしなんなのでしょう、この素朴さ、素直さは。ベストセラー作家のくせに。
作者は、いつだって、緊張しているみたいです。「どんな人が読んでくれるのかな」「面白いと思ってもらえるだろうか」という風に。
これは、作家本人の人間性による、天然な仕草にも思えるんです。
書評で作家本人の話をするのは邪道な気もするのですが、私は、作者の西加奈子さんと何度も会っているので、作家本人の、人と会っているときの雰囲気を思い出してしまいます。だから、ちょっと書きます。普段から喋ることや行動が弾けていて、サービス精神が旺盛な方です。
たとえば、加奈子ちゃんは、周りにいる人のものまねが、すごく上手いんです。
普通にお喋りしている合間に、急に、誰かの決め科白のまねを、入れてくるんです。共通の知り合いの人の特徴をいつの間にかつかんでいて、雑談の中で、それをちょこちょこ繰り出してくるんです。
でも、私が笑って「もう一回やって」とか、しばらくしてから「さっきの誰々のまね、今やってよ」と頼んでも、もう、やってくれません。それは、加奈子ちゃんなりのタイミングで、ポンと出さなくてはならないものらしいんです。
このエッセイ集を読んでいたら、そういう、「周りにいる人のものまね」的な面白さが、文章の中にもあるみたい、と私は感じました。
誰かの、喋り方や動き方の特徴を、上手く文章に落とし込んであるんです。
私との雑談とは違うので、エッセイに登場する人たちは、私の知らない人ばかりです。でも、なんとなくわかります。その人たちのたたずまい。作家の心。他人と対峙している感じ。素朴な手で、人の形を撫で、その面白い形を、そのまま他人に伝えようとする感じ。
笑えるように文章を綴りながらも、人間という存在へぐぐっと寄っていく一文を、ふっと埋め込むんですよね。そういう感じが、本当に絶妙です。
コントロールし過ぎないで書いているように、そのままの世界を書いているように、読めます。「自分の周りにいてくれる人」「自分の周りにある世界」を、良い風にも悪い風にも色を足し過ぎずに、できるだけそのまま、ひょいっとつかんで、文字にしていく、そんな風に見えます。
これは、エッセイ集なんですけれど、他者をすごく意識して書かれてある、と思うんです。「読者」という他者、「作者の周りにいるらしい、友だちや家族、編集者、医者、街で見かけたおばあさん」という他者。他者の中の言葉、他者のおかげで立っているエッセイ、そういう雰囲気があります。
他者あっての文章というのは、いくら自然体で書いてあっても、すごく凜としてるんですね。
そうして、私を含む読者の側から見たら、他者は、まず作者です。
このエッセイ集のページをめくる読者は、自分と対等の場所に立って喋りかけてくる作者に、出会うのだろう、と思います。「こちらこそはじめまして」という感じで。
※この書評は単行本刊行時のものです。『この話、続けてもいいですか。』(ちくま文庫)は『ミッキーかしまし』『ミッキーたくまし』をテーマ別に整理しなおし1冊にまとめたエッセイ集です。