あなたの悩み、世界文学でお答えします。

〈6〉 これといった理由もなく、職場のおばさんに冷たくされ、困っています
☞ マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』がオススメ

「恋のツラみ」から「職場でのつまずき」まで、現代人のお悩みに、世界文学のあの作品この作品を紹介しつつ、キリッと答えていく堀越英美さんの好評連載。今回のお悩みは……

【お悩み】 職場のおばさんに冷たくされて仕事の時間が憂鬱です。ハラスメントというほどでもないので、誰かに訴えるわけにもいきません。特に失敗や失礼をした覚えはなく、どうふるまえば普通に接してもらえるのか悩んでいます。

【お答え】『風と共に去りぬ』のバトラーから、職場のおばさんに嫌われた時のリカバリー法を学ぼう!

 

◆ うんちくをかたむけたいのは男性のみにあらず

話題の映画『バービー』には、ボーイフレンドのケンに支配されたバービーランドを取り戻すため、バービーたちがあえておバカを演じてケンたちを懐柔するシーンがある。映画『ゴッドファーザー』やオルタナロック、金融のうんちくをバービーに披露するケンたちは、実にうれしそう。こうした説明したがり行為は男性によくみられることから、「man(男性)」と「explaining(説明する)」を組み合わせて、「マンスプレイニング(mansplainin)」と呼ばれることもある。

男にモテたいならおバカのふりをすればいい、というよくあるアドバイスは、この習性を利用したものといえる。だが、説明したい欲は男性の専売特許ともいえない。隙あらばうんちくをかたむけたいのは、女性だって変わらない。ただ女性は、現実社会の権力勾配のなかで説明欲を発揮していい相手になかなか恵まれないだけなのではないだろうか。

◆ 地元のご婦人たちから嫌われていたレット・バトラー

そんな人間心理を巧みに操って、全おばさんの嫌われ者から愛されキャラに昇格したのが、『風と共に去りぬ』のレット・バトラーである。

レット・バトラーは、主人公スカーレット・オハラのお相手役だけあって、紳士然としていて確かにかっこいい。だが、保守的なおばさんたちに好かれやすいキャラかといえば、明らかに違う。だいたい、ヒゲの生やし方からしてうさんくさい。金満ファッションで身を固めているのに、何をして儲けているのか地元民にはさっぱりわからないだけでも、敬遠されるには十分だ。地元のしきたりは無視するし、絶対に町内会の地域清掃には来なさそう(当時のアメリカにそんなものがあったかどうかは知らないが)。ともあれ、スカーレットの地元アトランタの上流婦人たちから、ことごとく嫌われていたのは確かである。

◆「女ドラゴンたちと親しくなるんです」――バトラーの懐柔テク

そんなレット・バトラーにも、立ち居振る舞いを変えざるをえない運命が降りかかる。愛娘ボニーの誕生だ。かわいい娘が父親のせいで嫌われて、パーティに呼ばれなくなるなんてありえない。娘を「かわいいプリンセス」に仕立てて、「世界中のみんなが崇めるようにさせる」と固く決意する親バカ全開のバトラーに、あきれたスカーレットはどうするつもりなのか訊いた。

「何をするかって? この町の(…)女ドラゴンたちと一人残らず親しくなるんです」(第6巻 p.69)

女ドラゴン、すなわち地域活動を取り仕切る厳格な上流婦人たちに愛されるため、バトラーは身を慎み、南部のしきたりに合わせた行動を始めた。ギャンブルをやめ、身なりを地味なものに替え、上流婦人たちの慈善活動に寄付をし、幼い子供を連れて教会通いをする。だがそれだけでは、すでにならず者として嫌われているバトラーの好感度はなかなか上がらない。特に厄介なのがメリウェザー夫人で、バトラーのはからいで高額の融資を受けたときでさえ、かたくなな態度を崩さなかった。そんな夫人に、バトラーは「メリウェザー夫人、あなたの豊富な知識にはいつも感心しておりますが、ちょっと教えていただけないでしょうか?」(第6巻 p.82)と慇懃に切り出した。彼が尋ねたのは、自分の娘の指しゃぶりをやめさせる方法だった。

嫌っていたバトラーから融資を受けて居心地の悪さを感じていた夫人も、子育て話ならば黙っていられない。「それはやめさせないと」「口の形が悪くなってしまいますからね」と勢いよく話に食いついてくる。さらにバトラーは、娘の爪の先に石鹸を塗っているのにうまくいかない、と自らのダメさをさらけだす。

「石鹼ですって! なんてこと! 石鹼なんて役に立ちませんよ。わたしはメイベルの親指にキニーネを塗りましたよ。キャプテン・バトラー、 瞬く間に指しゃぶりをやめましたよ」

「キニーネとは! 思いもよりませんでした! メリウェザー夫人、なんとお礼を申し上げたらよいか。ずっと心配だったのです」

 レットは微笑んだが、その微笑みがあまりにも気持ちのよい、感謝に満ちた微笑みだったので、メリウェザー夫人は落ち着かず、しばらく立ち止まっていた。別れの挨拶をするときには、夫人も微笑んでいた。(第6巻 p.83)

さすがはレット・バトラー、ただのうさんくさいヒゲではなかった。彼の「女ドラゴン」懐柔テクとは、育児経験者ならたやすく解決策が見つかりそうな軽めの育児相談をして、相手のアドバイスのおかげでいかに自分が助かったかを大げさにアピールしてお礼を言うことだった。高額な寄付や融資よりも、こんなささやかな行動がおばさんの心を開くなんて意外に思えるが、おばさんになった今、バトラーの行動は大正解であることがよくわかるのだ。

◆ ケアの報われなさに内心傷ついてきた心を癒す

おばさんは家庭でも職場でも地域でも、ケア役割を担わされることが多い。ケアは大変な作業であるにもかかわらず、「おばさんでもできるくだらないこと」と見くびられ、能力の高さや意義を認められることはめったにない。バトラーはケアに関するアドバイスを求めることによって、怖そうに見えるがケアの報われなさに内心傷ついてきた「女ドラゴン」たちに自己効力感を与え、その心を癒すことに成功したのだと思う。

相手にただ親切にするだけではなく、自己効力感を与えられるようなちょっとした頼みごとをするのは、おばさんに限らず、あたりの強い人と仲良くなる有効な手段であるらしい。アメリカ建国の父ベンジャミン・フランクリンは、自分を攻撃してくる相手からあえて本を借りることで、政敵を味方につけたと伝えられる。また、日本のある放送作家は駆け出しのころ、周囲の大人に好きな映画を聞いて回り、その映画を実際に見て感想を伝えたことで、かわいがってもらうことに成功したと語る。

実は自分も学生時代のアルバイトで、最初はかわいがってくれたおばさんに冷たくされてしまったことがある。当時は「おばさんってこわいな~」と思っただけだったが、今ならその理由がなんとなくわかる。おばさんのケアを当たり前のように享受して、ケアへの感謝を表そうという発想がなかったのだ。それどころか、アナログすぎる作業に退屈してIT化を進めればいいのにと内心思っていたから、自らアドバイスを求めることもなかった。レット・バトラーの愛され術を知っておけば、もうちょっとうまくやれたのではないかと後悔している。人生の先輩からいろいろ聞き出せることはあったはずなのに。おすすめの映画とか、白い服についたカレーのしみの落とし方とか。

 

◎『風と共に去りぬ』(全6巻)マーガレット・ミッチェル著、荒このみ訳、岩波文庫、2016年

マーガレット・ミッチェル(1900-1949)は米国の小説家。米国南部のジョージア州アトランタ生まれ。1918年、医学を志し、マサチューセッツ州ノーサンプトンのスミス大学に進学。翌年、母メイベルが流行性感冒で死亡したため帰郷。22年、アトランタ・ジャーナル社にて記者職を得る。同年、レッド・アプショウと結婚するも、夫の暴力により24年に離婚。翌年、ジョン・マーシュと結婚。26年、アトランタ・ジャーナル社を退社し、短編小説の執筆に注力するように。10年を費やした唯一の長編『風と共に去りぬ』の構想は、この頃から始めたという。36年、この作品が出版されると、刊行1年で150万部を超す大ベストセラーに。39年に映画化。49年、自動車事故で不慮の死を遂げる。(編集部)

 

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