遠い地平、低い視点

【第23回】ニュースがどんどん下りて行く

PR誌「ちくま」より橋本治さんの連載を掲載します。

 ニュース番組でコメンテーターをやっていた人が経歴詐称をしていたことがバレて、出演するラジオやテレビの番組をすべて降りて、メインのニュースキャスターとして出演を予定されていた新番組もキャンセルになってしまった。
 実は私は、彼の話を聞いたことがない。ニュース番組に出た彼が、キャスターから「どうでしょう?」と話を持ち掛けられて「そうですね――」と口を開いた途端、チャンネルを変えてしまうから、彼の顔を見て彼の声を聞いてはいても、話す内容を聞いたことがない。
 私がチャンネルを変えてしまうのは、「ああ、こっちとは関係ない美男喋りだな」と思うからで、「美男喋り」は私の造語である。
 日本のインテリは、相手に分からせようとしてゆっくりと喋るということをしない。自分の言いたいことだけ限られた時間内で喋ろうとするから、早口になる。相手に分からせるつもりはあっても、「すごく一杯分からせたい」という気が強いから早口になって、「なんだか一杯喋ってたな」という感想しか残らない。「一杯物知ってるんだろうな」とは思うけれど、言われたことが残らない(なんだか自分のことを言ってるような気がして来た)。
 ゆっくり喋るインテリというのは、すごい年寄りか緊張して舌が回らなくなった人か、話自体が苦手で、そもそも「人に向かって話をする」という方向性を持っていない人だ。「話をする」というのは、学問をするのとはまた違う技術の問題だから、「話をするのが苦手」という学者さんが当たり前にいたって不思議はない。
 そもそも「説得力」というものは、なにに起因するのか? 最近の私は、「人は話の内容で説得なんかされるのかな?」と思っている。それは「説得される」なんかではなくて、「自分が納得したい話にしか納得しない」で、話の内容とは関係なく、相手の話し方がよければ納得してしまうということだろう。だから詐欺師は話がうまい。「話のリズムに乗せられて騙される」というのは、結局のところ、人は「話の内容」で説得されるわけではないということだろう。
 人を説得するスタイルに、もう一つ「美男喋り」がある。これは誰でも出来る技ではない。美声の美男だけが出来る。美声の美男が顔を向けて、「それはね――」とゆっくり話し掛けて来たら、へんに自負心の強い女でもない限り、みんな説得されてしまう。男だって、美男が「あなたのコンプレックスや敵愾心を刺激しないように穏やかに喋ります」とやり始めたら、好感を持つ。それは「説得する」ではなくて、「魅了する」なのだけれど。
「魅了する」という説得術は、世間にいくらでもある。あって、それを否定する気はないけれど、しかし「ニュース番組にまでそれは必要か?」という気はする。だから私は、かの経歴詐称氏がニュース番組で穏やかに口を開き始めると、「私はいらない」と思ってチャンネルを変えてしまった。私はニュース番組に「当たり前のことを当たり前のように納得する儀式」を求めてはいないので、「え?! この人はなに喋ってんだよ?」と思いながら、聞きにくい早口のコメンテーターの話の内容を、苦労して峻別している。
 でも、私のような人間は少数派だろう。「ニュース番組に“魅了する”という説得術は必要ないだろう」と私が言ったって、「美人キャスター」という言葉は当たり前に存在する。「美人キャスター」という言葉が存在して、需要というものがあるのなら、当然「美男キャスター」の需要はあるだろう。需要はあっても、そういう現物はなかなか存在しないというところに、学歴詐称氏の存在理由もあったんだろう。
 私は「高卒や中卒の美男のニュースキャスターやコメンテーター」というものがいたって不思議はないだろうと思っている(コメンテーターが役割ではなくて職業であるというのは不思議だが)。しかし、高卒や中卒の美男のニュースキャスターだと、頑張りすぎて早口になり、「美男である」ということが隠れてしまう懸念がある。私は別にそれでもかまわない」とは思うが、「視聴者を魅了する」という方向へ持って行きたいテレビ局としては困るだろうな。
 経歴詐称氏にまつわる騒ぎで、私は「やっぱりファッションとしての学歴なら、日本のより外国のだろうな」と思うし、その人の話が人を納得させるんなら、経歴詐称なんかどうでもいいじゃないかと思うし、ニュース番組が視る側の「納得」に向くのも、「俺は見ないからいいけど」で片付けてしまうけれども、あきれるのは、視聴率低迷で悩むテレビ局が「イケメンコメンテーターをキャスターにすればニュース番組の視聴率が取れる」と発想してしまったことで、そこまでニュース番組のレベルを下げてどうするんだよ。

 

この連載をまとめた『思いつきで世界は進む ――「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと』(ちくま新書)を2019年2月7日に刊行致します。
 

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