ちくま新書

「水曜スペシャル」みたいな本

「クレイジージャーニー」「情熱大陸」「世界の何だコレ! ミステリー」などテレビでもおなじみの洞窟探検家・吉田勝次。彼が洞窟探検と世界中の洞窟の魅力を語ったのが、『素晴らしき洞窟探検の世界』(ちくま新書)。なぜ彼はこの本を書いたのか? PR誌『ちくま』11月号より、本人によるエッセイを掲載します。書籍にも収録した、著者撮影の美麗な洞窟写真も特別公開!

 

洞窟探検中の著者。狭い!

  
                     
            
     




 

 洞窟探検がどういうものなのか、伝えるのはなかなか難しい。伝える方法としては、直接伝わりやすい順に「映像」「写真」「本」がある(「講演」もあるが、今回は離れた人にも届けられるものに限定する)。どうして僕は最も伝わりにくい「本」を書いたのか? それぞれの方法を紹介しながら、述べてみたい。

①映像
 いちばんインパクトが大きく、伝わりやすいのが「映像」だ。僕は今まで、洞窟の中で多くのテレビ番組のロケをしてきた。タレントさんやクルーを安全にガイドしたり、自分たちで映像を撮影する。映像だと、狭い部分を通るときに苦しむ姿、またそこを抜けてパッと素晴らしい空間が広がったときの感動、そんなあれこれがダイレクトに伝わる。だから、機材は重いし、労力はすごくかかるのだけど、洞窟探検について伝えるには楽な手段とも言えるのだ。「クレイジージャーニー」「情熱大陸」「世界の何だコレ! ミステリー」などで僕の探検を見て応援してくれる人も多く、反響もとても大きい。だから、これからも世界でばんばんロケをしていくつもりだ(乞うご期待!)。

②写真
 僕は「洞窟写真家」という肩書きも持っている。写真も、「すごい!」「こんなの見たことない!」と洞窟の魅力がパッと一目で伝わるメディアである。本書『素晴らしき洞窟探検の世界』でも、洞窟の写真撮影の独特さや苦労について書いているが、いま最もつくりたいものが洞窟の写真集というぐらい、僕は写真に夢中である。洞窟の中には光がないし、実際目で見ないとその大きさはわからないから、撮影にはいろいろと工夫が必要である。撮影時は、照明を入れて一からその世界をつくりあげるし、スケールを伝えるために人を入れたり構図を工夫する。だから、写真を見た人が「きれい!」とか「でかい!」と反応してくれると、「うまく伝わった!」とすごく嬉しい。その成果は、本書のカバーやカラー口絵でも確認できるので、ぜひ見てほしい。

沖永良部島「銀水洞」のリムストーン・プール(撮影:著者)
400メートルの縦穴をロープ1本で降りる! メキシコ「ゴロンドリナス洞窟」(撮影:著者)

③本
 さて、洞窟探検について伝えるのがこの2つに比べて格段に難しいのが「本」である。今回、洞窟探検をきちっと言葉にするのは本当に難しかった。なのに、なぜ僕は本を書いたのか!?
 僕は子どもの頃、ワニやゾウガメやキノボリトカゲなど100種類以上を飼うぐらい生き物が好きだった。そのとき、図鑑を毎日飽きず眺めては、描き写していた。そうやって好きなものを心に刻みつけていたのである。本は、繰り返し読めて、言葉や絵や写真を深く心に刻みつけることができる。幼少の僕にとって図鑑がそうだったように、本は「もの」としてすぐそばにあり、繰り返し手に取ることで、好きな気持ちを支えてくれる。
 僕のこの本も、誰かにとってのそんなものになってほしい。
 また洞窟探検の世界を一般向けに解説した本は、ここ数十年の間ほとんど出版されていなかった。だから、僕は観光鍾乳洞しか知らないような一般の人が読んで「洞窟探検って面白い! 行ってみたい!」と思うような本、そしてもし自分が子どもの頃に読んだら、ワクワクして愛読書になっただろう本を書きたかった。この本での僕の苦労は、そのためにある。
 僕が洞窟探検家になったきっかけの1つに、子どもの頃に見た番組「水曜スペシャル」がある。あの番組で洞窟も探検していた川口浩隊長は、「こんな世界があるんだ!」と僕に驚きとワクワクを与えてくれた。そんな気持ちを、僕も誰かに与えられるだろうか? 「水曜スペシャル」みたいな本、そうなってくれていたらとても幸せだな~。